226.エルフ
ロードをはじめとして、ブレスをまともに受けた数名は、即座に唱えられた周囲からの呪文でなんとか体調を回復していた。しかし心理的なダメージは大きく、怪物を囲む半円の人垣は、じりじりと広場の方へ下がりはじめている。
「まずいな」
後退りながらティーカップが言った。
「ああ、これじゃそのうち広場に入っちまう」
トキオが言うと、ティーカップは、
「いや、あのブレスを食らうと服に穴が空く」
真顔でそう答えた。
「そっちの心配かよ…」
ブレスは酸性の霧だった為、避けられなかった者の服はボロボロになっていたのだ。
「逃げることになったら、ミュージアムを目指そう」
「わかった」
怪物は少しずつ前進しながら、時折腕を振り下ろしたり、横に凪ぐような動きで人々を爪の餌食にしようとする。
それをかわし続ける忍者達の身のこなしに、トキオは感動に近いものをおぼえていた。
彼らは紙一重で爪を避けながら、必殺の一撃を見舞う機会を狙っている。
-鎧もなんもつけてねえのに、あんな近くに寄れるんだもんな。クロックハンドってすごかったんだな…
パーティで行動している時はティーカップばかり見ているから、クロックハンドの動きに注目したことはほとんどなかった。
思えば、彼もグレーターデーモンやドラゴンを相手に生身で戦っていたのだ。
-盗賊の短刀使うだけじゃあんな風になれねえよな、多分…
実際の戦闘経験がなければ強くはなれないのではないだろうか、という考えが頭をよぎる。
「なんだこれは!?」
後方から走り寄って来たエルフの男が、ティーカップのすぐ横に立ち止まって言った。
「わからん。危険で敵対的だということだけは確かだ」
ティーカップが答える。
「魔法が効かなくて、酸のブレスを吐く」
エルフの向こう側からそう付け加えたのは、ブルーベルだ。
聞いているのかいないのか、エルフは怪物と周囲の様子を見回してから、怪物の方へと近づき始めた。
「忍者か…?」
トキオが言うと、
「…そうは見えないが」
ティーカップも怪訝な顔でエルフの背を見つめた。
「世界を支える力、偉大なる大地の子らよ」
エルフは突然大きな声で、詠唱らしき言葉を紡ぎ始めた。
「魔法効かねえって言ったのに」
トキオが呟くと、
「いや、あれは…」
ブルーベルが小さく言った。
「その力強き腕にて彼のものを繋ぎとめたまえ!!」
詠唱の最後の言葉と同時に、地響きが二、三度起きた。-そして、
「うおっ!?」
「おぉおおお!?」
「すげえ!!!!」
歓声があがった。
石畳が生き物のように盛り上がると、怪物の二本の後ろ脚を握り締めるようにしてがっちりと固まったのだ。
怪物は混乱し、なんとか動こうと前脚を振り上げてもがいている。
「あんな呪文初めて見たぞ!?」
トキオは解説を求めるように、ブルーベルに向かって言った。
「精霊魔法だ、この街の訓練所では習得できない」
心なしか、ブルーベルは目を輝かせている。
「どれだけもつかわからないぞ、今のうちに!」
エルフの言葉に、忍者達とロードは構えなおした。
「ベル、大丈夫かな~」
怪物の入ってきている道とは正反対に当たる道-つまりかなり離れた位置から、ヒメマルは戦いを見守っていた。
怪物がクルミぐらいの大きさに見える。人間は豆粒のようだ。
魔法が効かないとわかった途端にヒメマルは逃げてきたが、ブルーベルは怪物を近くで見たいと言って、あの場に残ってしまった。
「ここはダンス会場じゃなかったか?」
いつの間にかヒメマルの横に、背の高い男が立っていた。
「あ…、ロイドさん」
名前を思い出して、ヒメマルは頷いた。
「変な怪物が乱入して来ちゃったんだよ~。戦える人達が頑張ってるとこ」
「仕方ないな」
ロイドはくるりと踵を返して、来た道をすたすたと戻って行ってしまった。
-ひえ~、冷たいよ~
人のことを言える立場ではないが、そのクールさに驚きながら、ヒメマルは彼の後姿を見送った。