225.応戦

ロードを中心にした者達は、"化け物"が来るという道と広場の境目で、待ち受けるように身構えている。
道は広場から出てすぐカーブになっている為、見通しがきかない。
-と、その曲がり角から、2人の男が必死の形相で駆けて来た。
「ここで食い止める、逃げ切れ!」
ロードが強い声で言う。
2人がトキオ達の横を走り抜けたすぐ後に、どよめきが起こった。

最初に見えたのは前脚で-巨大な爪に、貫いた犠牲者の体をひきずっている。
すぐに顔が見えた-額に巨大な単眼。爬虫類のような長さを持つ口には、やはり人を咥えている。
「最悪だぜ」
トキオの隣にいた男が、苦々しい声で言った。見ている全員が同じ感想を持ったのだろう、先程までは軽口を叩き合っていた冒険者達が無言になる。
「あんなの知らないぞ…」
ブルーベルが独り言のように言う。
「ベルが知らないってことは、みんな知らないかもね~…」
言いながら、ヒメマルは後ずさった。

化け物の全体像が見えてきた。体の幅は、ぎりぎり道を通れる程度。
足は四本、四つんばいの状態で背骨の位置が二階建ての家の屋根に届いている。
その爪は異様に長く大きく、突き出た額には一つだけ目がついている。
体表は、水色と緑色の交じり合ったような気味の悪い鱗に覆われている。
全体の印象は、"巨大な醜いトカゲ"といったところだろうか。
ドラゴンのような、ある種の美しさは微塵も持ち合わせていない。

「広いところで戦わない方がいいんじゃないか」
ティーカップが呟いた。
「同感だ。自由がきかないうちに倒すべきだ」
後ろから声がして、1人の男が集団から歩み出た。
「エディ」
クロックハンドが反射的に口を開いた。
エディ-ミカヅキは、噴水前の集団に向かって、
「あいつの動きが速かった場合、この広さ、この人数では蹴散らされて終わるかも知れん。狭い道では大物が存分に力を発揮出来ないということは皆よく知ってるだろう、道にいるうちに応戦しよう」
はっきりとした口調で言い切った。
悩んでいる暇はない。
同意の声があがり、すぐに全体が移動をはじめた。
「人家が密集している、ティルトウェイトは最後の手段にしてくれ!!」
集団の動きに気付いたロードが、剣と盾で怪物を牽制しつつ、顔だけ振り向いて言う。
「マダルトでいってみるか」
「案外マカニトが効いたりしてな」
周囲から次々と呪文の詠唱が聞こえる。
「僧侶呪文は温存の方がいいな?」
トキオは歩きながら、横にいるティーカップに訊いた。
「僕達が無事に逃げる為に、援護は最低限に抑えよう。詠唱可能な回数の半分以上は使うな」
「わかった」
「それよりトキオ、君の家は大丈夫か。近いなら知らせに行った方がいい」
「あっ、うん、俺んちは城の向こうっかわで、ずっと離れてっから当分大丈夫だ、と思う」
「ふむ」
ガイン
-耳に痛い金属音が空気を震わせた。
怪物の爪を、ロードが盾で受け流したようだ。
続いて、ヒィ…ンという聞き慣れた高音が、何度か重なるようにあがった。
最初に唱え始めた数人分のマダルトが放たれたのだ。
「どうだ!?」
「死んじまえ!!」
皆集中して狙ったのだろう、怪物の顔面の周囲が一気に白く煙り、叩き割られたガラスのように、氷の刃が次々と飛散した。
怪物は濁った声をあげて頭を振り-
その大きな目で、ぎょろりと人間たちを睨んだ。

「うそだろ」
「効かないの!?」
狼狽の叫びと、どよめきが起こる。
続いて炎が怪物の頭を包んだが、これも首を少し捻らせるだけに終わった。
「無効化持ちだ、やばくねえか」
トキオが言うと、ティーカップも眉を寄せた。
「逃げる道を考えておいた方が…トキオ!!」
「!!やべ!!!!」
ティーカップとトキオは、はじかれたように逆方向へ駆けた。
怪物が頭を高く上げ、喉を膨らませたのだ。
予想通り、次の瞬間にはブレスが吐き出された。

怪物の周囲から、叫び声が聞こえる。
人が多いことが災いして、うまく逃げられなかった数名が直撃を受けたようだ。
元々引き気味に見守っていたトキオ達が逃げた場所までは、累は及ばなかった。
「ブレスまで持ってんのかよ」
トキオは低い声で言った。
事態は思ったより深刻かも知れない。

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