221.得意分野

音楽がゆったりとしたワルツから軽快なリズムに変化すると、
「こういうの好きだ!!踊ってくる!」
パットは踊る人々の中に元気よく飛び込んで行った。
クロックハンドは、広場の外周側から遠巻きにパットを眺める。
-ホビットはみんな、こういうんが好きなんやな。
曲が変わった途端、踊るホビットの数が目に見えて増えた。
クロックハンドも、優雅な曲よりテンポの軽い曲の方が好きだ。
右足で軽くリズムをとっていると、踊っている人の群れから見慣れた姿が出てくるのが見えた。

「ベルちゃーん」
手を振るクロックハンドに気付いたブルーベルは、歩み寄ってきた。
「踊ってたん?」
「ん…ヒメマルがどうしてもって言うから」
ブルーベルは首筋に手をあてて、息を吐きながら軽く首を回した。
「ヒメちゃんはまだ踊ってるん?」
「うん。当分踊ってるんじゃないかな」
ブルーベルはヒメマルがいるであろう方向を見てから、クロックハンドとその周囲を観察した。
「…1人?」
「んや、ホビットと遊んどる。今踊ってるわ」
「ホビット?」
ブルーベルは眉を寄せて、軽快に跳ねるホビット達をじっと眺めた。
「ホビットって物足りなくないか?」
「元気でええよ~」
「そうかなぁ…」
ブルーベルは腕を組んで首を傾げた。
「あ?トキオとティーやんな、あれ」
何の気なしに移した視線の先に大きな二つのシルエットを見つけて、クロックハンドが言った。
「ほんとだ」
ブルーベルも簡単に2人を見つけた。
公園の外周に設置されているライオンヘッドから吐き出される水で、手を洗っているようだ。
「なんだかんだ言うて仲良うやってるやんなあ」
「うん」
「うまくいくと思うねんけどな。トキオも早ぅ好きやて言うてまえばええのに」
クロックハンドの言葉に、ブルーベルは微かな笑みを浮かべた。
*
まさか、一袋全部を一度に食べてしまうとは思わなかった。
「メシちょっと遅めにすっか」
トキオはハンカチで手を拭きながら言った。
「いや。このぐらいは、ひと踊りすれば消費されるだろう」
ティーカップはいかにも高級そうなレースのついたハンカチをさらりと胸元にしまうと、両腰に手をあてた。
「やっぱ、ダンスとか得意なのか」
「ものによるがね」
ティーカップの目は、踊る人々に向けられている。
「俺はまるっきりだよ」
「だろうな」
「…」
「しかし、あの男はつくづく多芸だな」
「うん?」
ティーカップの視線の先には-やはりというか、ヒメマルがいた。
いかにも町娘という感じの可愛いらしい女性の手をとって、満面の笑顔で軽やかなステップを踏んでいる。

「…もう、なんでもこいって感じだな…」
「君も多少は見習いたまえ」
「っても…、音楽とか踊りとかってのが全体的に苦手なんだよ」
「まあ、人には得手不得手というものがあるからな」
「だろ?」
「とは言え、君に何か得意分野があるようにも思えないが」
「…そ、そんなことねえぞ、…えーと」
トキオは自分の得意なことを一生懸命思い浮かべた。なかなか出てこない。
家族に褒められた記憶を掘り起こしてみるが、
-つ…繕いものとか…?壊れかけの家具やらアクセサリ直すのなんか、結構上手いって言われてたけど…
浮かんでくるのはそんなことばかりだ。
「…し、修理関係…?」
「ほう?」
苦し紛れのトキオの返事に、ティーカップは興味を持ったようだ。
「君は指先が器用なのか」
「ん、まぁ…それなりに…」
「罠の解除に指先の器用さは関係ないのか?」
「あ、ありゃ、経験の方が足りねえんだよ」
「ふぅん」
ティーカップは考えるように首を傾けた。
「細工物は直せるか?」

Back Next
entrance