219.友人

「ほい」
トキオは、取り出した栗をティーカップの掌に乗せた。
「…」
ティーカップは栗を摘んで眺めてから、おもむろに口に運ぶと、袋に手を差し入れた。
トキオに栗をひとつ渡し、もうひとつ取り出して、
「もう一度やってみてくれたまえ」
と促す。
「ん。平たい方が上な」
「うむ」
ティーカップはトキオに倣って、栗の平らな方を上にした。
「で…、あ」
トキオはティーカップの手元を見て、動きを止めた。
利き腕ではない、右手の親指を添えている。
左手の親指の爪は-やっと爪と呼べる程度の長さしかない。
もう包帯の必要ない状態ではあるが、痛々しい。

申し訳なさを感じながら、
「力、入るか?」
と訊くと、
「僕は右手も充分使えるのだよ」
ティーカップは、何のことはないという顔で答えた。
「…そっか…、んじゃ、真中へんに爪を垂直に立ててぎゅっと」
「ふむ」
パキパキという小さなヒビの音に重なるように、バイオリンの音色が流れてきた。
座っていた者たちの何人かが広場へと出て行く。トキオは顔を上げた。
「始まったな」
バイオリンの旋律に、次々と他の楽器の音色が絡まっていく。
「トキオ君」
楽隊の方を見ていたトキオは、ティーカップの方へ向き直った。
「開かないぞ」
ティーカップは栗の側面を挟んで、ぐいぐいと押している。
「あ、そういう時はもうちょっとヒビ広げないと」
「そうか、よし…んっ」
ティーカップは綺麗に取り出せた中身を掌に乗せて、満足げに笑みをこぼした。
「簡単じゃないか」
「だろ」
「しかし、手が随分汚れるな」
黒ずんだ自分の指を見ながら、ティーカップは呟いた。
「ま、全部食ったら洗いに行こうぜ」
「この皮はどうするんだ?」
「俺、袋ん中戻したけど」
「ふむ…この場合そうだな」
剥いた栗を口に放り込むと、ティーカップは次の栗を取り出した。
-ダンスより栗剥きかよ。
心でそんなツッコミを入れたトキオの頬は、すっかり緩んでいる。

ティーカップが4つめの栗を剥いている時、後ろからトキオの肩を軽く叩く者がいた。
振り向くと、そこにはよく知った顔が2つあった。
「おぉ、お前ら!!」
「やっぱトキオだよ!」
「久しぶりだな!」
この2人とは、17,18歳ぐらいの頃、「同じ趣味の」連中が集まる酒場で知り合った。
デティはトキオと同年代。アキラは6つ年上…だったろうか。2人とも逞しい体躯の持ち主だ。
よく一緒にナンパに行ったりしたものだが、トキオが親衛隊を目指すことを決めてからは、半年以上顔を合わせていなかった。
「親衛隊にはもう入ったのか?」
アキラが落ち着きのある声で訊く。
「いや、まだだ」
「なんか雰囲気変わったなぁ」
デティは相変わらず軽いノリだ。
「そうか?」
「てぇか、老けた?」
「ふ…」
トキオは顔に手をやった。
「老けたか…?」
「あぁ、いい風にな。小僧じゃなくなってる」
アキラが笑った。
「転職の副作用とかあってなー」
「あれってマジなのか!?」
「マジなんだよ」
「うっへ~」
デティは大袈裟に肩をすくめた。
「それより、お前…」
アキラが腰をかがめて、トキオに顔を近づけた。
「エルフひっかけたのか?」

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