218.焼き栗
中央広場に近づくほどに、人の量が増えてくる。並んで歩くのが難しくなってきた頃、ティーカップが口を開いた。
「どういうダンスが中心なんだ?」
「えーっと…、元気なのやって、たまに静かなのやって、また元気なのやって、そんな感じだよ」
「…」
「なんだよ」
「いや…わかりやすい説明をありがとう」
「おう」
広場に入るまでの道は混んでいたが、着いたところで人がばらけるせいか、窮屈さは不意になくなった。
ダンスはまだ始まっていないようだ。
「座れるとこねえよなあ」
トキオが辺りを見回していると、40歳ぐらいの逞しい男が近づいてきた。
「兄ちゃん、椅子どうだ。祭り終わるまでのレンタルで、ひとつ2GPだ」
「おっ、ちょっと見せてくれ」
トキオは男が持っている丸椅子を手に取ると、足を軽く叩いたり引いたりして、作りがしっかりしていることを確かめた。
「これ2つあるかな?」
「あるぜえ、待ってな」
男は一度近くの屋台の後ろに消えて、すぐに戻ってきた。
「ほい、2つだ」
トキオは追加された椅子の出来も確かめてみた。これもしっかりしている。
「んじゃ4GP」
「ありがとよ!後で返しに来てくれたら、1GPずつ払い戻すぜ。あの屋台だからよ」
男はそう言って少し移動すると、また他の者に声をかけはじめた。
「外周か噴水周り、どっちがいい?」
トキオは両手に椅子を持って、ティーカップに言った。
「外周は人の行き来が多くないか」
「だな、中いくか」
噴水周りの石段は既に人で埋め尽くされていた。
それを囲むようにして、椅子を置いて座っている者達がいる。
ティーカップは椅子に腰掛けながら、噴水周りで一角だけ大きく空いていてる場所を指した。
「あそこで演奏するんだな」
楽器を持った者が歩き回っている。
「うん、そうだ」
頷いて、トキオも腰を下ろした。
「それ食わないのか?」
トキオは、ティーカップが膝に置いている小さな袋を指して言った。
袋に入っているのは、30分ほど前に買った焼き栗だ。
「ああ、食べようと思って一度覗いてみたんだが…見たまえ」
ティーカップは袋を開いて、トキオに中身を見せた。
「なんだ?」
-丸焦げとか?…虫でも入ってたか?
恐る恐るトキオが覗くと-そこには美味しそうな焼き栗がごろごろしているだけだった。
「…?」
トキオが首を捻ると、ティーカップは憮然とした声で言った。
「信じられないことに、皮がついている」
「…普通、ついてることの方が多いんじゃねえか…?出店のだし…」
「皮むきナイフがないと食べられないじゃないか!」
「皮むきナイフ!?」
「持ってるのか?」
「いや…ナイフで剥くのか?」
「栗は、栗の皮剥きナイフがないと剥けないだろう」
「…栗の…皮剥きナイフ…」
「この土地ではどう呼ぶのか知らないが、はさみのような形の、こうやって、はさんでくるっと剥くあれのことだ」
ティーカップはグリップを握って、捻るような手真似をしてみせた。
「…見たことねえ…そんなもんあんのか…」
「あれを使わずに、どうやって剥くんだ」
「俺は、爪で割ってるけど…」
「はっはっは!!いくら君が馬鹿力だといってもそれはないだろう。栗だぞ?」
ティーカップは、やれやれとばかりに首を振りつつ笑った。本当に信じていないようだ。
軽いカルチャーショックを感じながら、トキオは人差し指を立てた。
「一個くれ、剥いてみせるから」
「いいだろう」
ティーカップが差し出した袋の口に手を突っ込んで、トキオは焼き栗をひとつ取り出した。
「こっちの平べったい方を、こうやって、親指の爪で押して…」
トキオはティーカップによく見えるように、栗を持ったまま肩を寄せた。
「…な、ヒビが入ったろ」
「そこからどうするつもりだ」
「うん、こう、両脇持ってちょっと力入れるとな」
栗の皮がパクッと開くのに合わせて、ティーカップの耳がピクッと動いた。