217.パン屋
「晩ごはんもさー、一緒に食べる?」「そうやなあ」
「俺スパゲッティー食べたいなー」
「ほなスパゲッティ食えるとこにしよか」
「まじで!!やった!」
パットは両手を挙げて喜んでいる。
-元気やな~。
クロックハンドは笑いを浮かべた。
2人で行動し始めてからというもの、ずっと歩きながら喋りっぱなしなのだが、パットはこのテンションを保ち続けている。
「せやけどまだ腹減ってないから、後でな」
「うん、いっぱい減らした方がおいしいしな!」
同じビショップでも、シキとは違ってかなり体力があるらしい。
クロックハンドについて来るだけでなく、あちこちに引っ張っていこうとする。
恋愛対象として見ることは出来ないが、クロックハンドはパットに好感を持つようになっていた。
「あ、ミカヅキだ」
通りの出店を眺めていたパットが声をあげた。
クロックハンドはパットの視線を追ってみたが、それらしい姿が見当たらない。
「どれや?」
「あそこ、パン屋」
「んん?」
クロックハンドはパン売りの出店にいるプラチナブロンドの男を観察した。
10メートルと離れていないのに、なかなか確信が持てなかった-が、どうやら確かにミカヅキらしい。
ゴーグルも眼鏡もつけず、髪を綺麗に流し整え、簡単な組み合わせではあるものの色合いのまとまった服を着こなしている。
-絶対あいつのセンスやないな。また誰かにアドバイスしてもろたんか。
「あいつ誰?」
パットが言った。
「ん?」
「一緒の奴」
改めて見ると、ミカヅキの横には見慣れない少年がいた。親しげに会話を交わしているようだ。
「知らんなぁ。ナンパしたんちゃうか?」
「えー、ミカヅキがナンパするかなあ」
「するやろ」
「しないと思うけどなあ」
「お前、あいつのこと美化しすぎてんちゃうか?」
「違うよ、そういうんじゃなくて、ミカヅキはクロックハンドすごい好きだったんだよ」
「んぁ??」
「だから、簡単に他の奴とつきあったりしないと思うよ」
「ナンパぐらいはするやろ~」
「しないよ、ミカヅキそういう人じゃないよぅ」
「言うたかて、実際あない仲良うやっとるがな」
「逆ナンパとかだよ!」
「まぁ、どっちゃでもええけどやな」
「よくないよ!!」
「そ …そない力説せんでも」
クロックハンドはパン屋に視線を戻した。
ミカヅキは買ったばかりのパンを少年に手渡し、こちらに気付くことなく2人でどこかへと歩いて行った。
「ミカヅキ、寂しいんだろうなー」
パットがしんみりと言う。
「そうかぁ?」
「他の人と一緒にいんのは、気を紛らわせるためだよぅ」
「ん~…、かァ…なぁ」
クロックハンドは言葉を濁した。否定すると反論されそうだ。
-楽しんでたっぽいんやが。
クロックハンドには、枷を解かれたミカヅキが羽根を伸ばしているように見えた。
-ひと晩頭冷やして、落ち着いたんかもな。
昨晩、彼はクロックハンドの部屋を訪ねて来なかった。
今までのミカヅキならば、あり得ないことである。
-ま、それもええやろ。
どこか物寂しいような気もするが、その方が自分もすっきりと次の出会いに向かえる。
「暗くなってきたな~。あっ、夜になったらダンス大会みたいのやるんだよ!」
パットが空を見上げて言った。
「ダンス大会ぃ?」
「あの丸いでっかい広場に楽団がきて、みんな踊りまくるんだよぅ」
「踊りなぁ」
「楽しいから行こうな!」
「…せやな、行っとくべきやな」
「踊ったら腹減ってちょうどいいよ!」
パットは跳ねるようにニ、三歩前に出ると、片足を軸にして、その場でくるりと回った。