216.干草

イチジョウは干草を適当に固め、普段使わないマントをその上に敷いた。
そろそろ日が落ちる。最終日の夜-カーニバルが一番盛り上がる時間だ。
24時間常に混雑している馬小屋が、閑散としている。
ところどころに、探索中毒の連中が薄汚れたまま転がっているだけだ。
腰を下ろすと同時に、何度目かの溜息が出た。

少し時間が経ってくると、混乱していた気持ちを整理出来るようになってきた。
徐々にわかってきたのは、
-どうやら自分は傷ついているらしい。
ということだ。
騙されていたことへの憤りよりも、胸の痛みの方が強い。
もう長い間、恋愛に夢中になることはなかったし、ササハラとも一歩離れているつもりだった。
なのに、
-どこまでが嘘だったのか。
そんなことを考えると、苦しくなる。
自覚しないままに、きっちり惚れこんでいたらしい。
イチジョウは立てた両膝に肘を当てて、頬杖をついた。

「やっぱり、イチジョウさん」
考えるのを止めてぼんやりしていると、声と共に足音が近づいてきた。
「休憩ですか?」
声の主、オスカーサードは軽く辺りを見回した。
イチジョウは数秒考えて、口を開いた。
「今、お時間ありますか?」
*
「そんなことが…」
話を聞き終えたオスカーは、真剣な面持ちで唸った。
「オスカーさんには、まだしばらくお手伝いしてもらうつもりだったんですが、そういうことなので…」
オスカーは何度か頷いてから、イチジョウを見た。
「私見ですが…、彼が貴方を好きだというのは本当だと思います」
「…」
イチジョウが答えに詰まっていると、オスカーは続けた。
「戦闘中、彼はいつも貴方を気遣っていました」
「…、死なせるわけにいかないから…かも知れません」
「…」
オスカーは視線を落とした。
「すべてそういう風に思えるのは、当然ですね」
「…全部、演技だったのかも知れないと思うと…どうにも…」
イチジョウは自嘲気味な笑いをほんの少し口元に浮かべて、小さく首を振った。
「でも、貴方にわからない時にまで、演技が必要でしょうか」
「…?」
イチジョウが疑問を浮かべて顔を上げると、
「彼は貴方の背中をよく見つめていました。あれは恋人を見つめる目でした」
オスカーは真顔で言った。
「…いつ何時でも、ぼろを出さないように気をつけていたのかも知れない」
そう言ってから、イチジョウは両手で前髪をかきあげるように頭を押さえ、
「何でも疑う方が簡単だ…参るな…」
呟いて、膝の上に顔を伏せた。
イチジョウも、本心では信じたいのだ。それに気付いたオスカーは、言葉を失った。


「実は」
長い沈黙の後、オスカーが口を開いた。
「お2人に、相談に乗っていただこうと思っていたことがあるんです」
「ほぅ」
イチジョウは座りなおした。
「こんな時で申しわけないのですが、宜しければ話を聞いていただけますか」
「もちろんです」
「ありがとうございます。実は…」
オスカーは軽く咳払いした。
「私は今まで、同性間の恋愛というのはよくわかりませんでした。友情を越える感覚というのが想像できなくて」
イチジョウが頷く。
「ですが、お2人と共に行動するうちに、性別という区切りで感情を仕分ける先入観は、視野を狭めていると思うようになりました」
イチジョウは表情を変えなかったが、内心では驚いていた。
こんなに柔軟に考えを切り替えるGには会った事がない。
「そう考えるようになってから、ある人に対しての気持ちが…変わりはじめまして」
オスカーは頬を染めて、足元の干草を掴んだ。

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