215.効果

トキオはブルーベルに視線を戻して腰をかがめ、
「どんな感じだった?」
小声で訊いた。
「飲んで30秒ぐらいして、いきなりぶわっときた」
「ぶわっと」
「うん。強い酒を、知らずに一気飲みしたような感じ」
「あぁ、わかる」
「で、色んなとこがムズムズしてきて、横にいたヒメ見たら我慢できなくなった」
「やっぱ、ヒメマルにしたのか」
「当たり前だろ」
ブルーベルは笑った。
「効果切れるまでずっとキスしてたな。ほんとよく効いた」
「そうかぁ…」
「で」
ブルーベルも声のトーンを落とした。
「リーダーも、あれ買ったのか?坊ちゃま…ティーに使うつもり?」
「それがよ」
トキオはまたちらりと横を見たが、そこにティーカップはいなかった。
見回すと、いつの間にかヒメマルと女性がもめている所へと移動している。

トキオは小声で続けた。
「…あいつ、俺が買ったの取り上げて、すぐ飲んじまったんだ」
「え!?飲んだ!?」
「うん」
「どうだった?」
「気分悪いつって、いきなり走ってっちまった」
「…」
ブルーベルは口元に右手をあてて、何か考えている。
「んで、見つけたときにはビアスが一緒にいた」
トキオは頭を掻いた。
「…キスしてた?」
「いや。偶然会っただけっつってたけど…」
トキオは腕を組んで、夕暮れの色に染まり始めている空を仰いだ。
「効くってことは…なぁ…」
そんなトキオを見上げていたブルーベルは、
「それで実際に効いてたんだとしたら、諦めるのか?」
言いながら椅子から立ち上がった。
「…」
トキオは俯いた。気持ちが後ろ向きな方へ傾いているのは確かだ。-が、
「駄目元でも、好きっつうのは…言おうとは思ってんだけど…」
「だったらもう気にするなよ。弱腰な男に惹かれる人じゃないんだから」
ブルーベルは、座っていた簡素な椅子を片手で持ち上げた。
「案外、目の前の男にキスしたくなって慌てちゃったのかも知れないしな」
「…て…え?」
ブルーベルに指差されて、トキオは動揺した。
「そ、そりゃ、そりゃねえんじゃねえの」
「どうかなぁ」
ブルーベルはからかうように笑って椅子を肩に担ぐと、ヒメマル達の方へ歩み寄った。
トキオもその後を追う。

丁度、ヒメマルを攻め続けていた女性が入れ替わるように去っていく所だった。
「助かったよ~、ありがとティー」
ヒメマルは片手を頭に回して笑っている。
「どうやって追っ払ったんだ?」
トキオの言葉に、
「追っ払ったとはなんだ」
ティーカップが眉をひそめた。
「うふふ、再現しよっか、あのねえ」
ヒメマルは立ち上がってブルーベルの目をじっと見詰めると、その右手を両手で軽く握り、胸元まで持ち上げた。

「レディ。傷ついたご友人を思いやる貴女の優しさは素晴らしい。しかし、くだらない男のために、貴女がそんな貌をするのは余りに勿体無い。貴女はきっと笑顔の素敵なひとだ…」

芝居がかった声色でセリフを言い終わると、ヒメマルは顔を崩した。
「だって~!か~っこいい~!」
「ぅう…よくそんなこと言えんなぁ…」
トキオは顎を押さえた。聞いているだけで歯が浮いてくる。
「思った通りのことを言っただけだ」
「え~、くだらない男ってところも~?」
ヒメマルが口を尖らせている。
「当然だ。ラーニャを悲しませるようなことをしたら、無事では済ませないぞ」
ティーカップはそう言うとトキオの方を向いた。
「さて、次はどこに行くんだ?」

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