214.大道芸通り

8本の道が集まる交差点は、小さな広場のようになっている。
そのうち1本の道の幅は、馬車がゆうに4台並べるほどの広さだ。
お互いの出し物の邪魔にならないので、この通りには自然と大道芸人が集まってくる。
定番のジャグラー、マジシャン、歌唄いや旅芸人の一団。
楽器を使う者達は、同業者の音楽が聞こえなくなるぐらいの絶妙な距離を保って点在している。

「ここは場所取りの手続きとかいらねえけど、客が集めらんねえ奴はすぐ場所空けなきゃいけねえんだ」
「その方が盛り上がるだろうな」
そんなことを話しながら、トキオ達は通りをのんびりと歩いていく。
騒がしい音楽が遠ざかって、リュートの音色と柔らかい男の声が聞こえてきた。
「いい声だ」
「そだな」
「騒がしくやるよりも、僕はこういうゆったりとした歌を聞いたりする方が」
ティーカップが横を向いたまま立ち止まった。
「なんだ?」
トキオもティーカップの視線を追う。
人の頭をいくつも乗り越えたその先には、簡素な椅子に座ってリュートを爪弾きつつ歌う男がいた。
「…マジで?」
「こんな特技があったとはな」
ロマンティックな恋の歌を、のびのびと恥ずかしげもなく歌っているその男は-ヒメマルだった。
よく見れば人垣の輪の一番内側に、同じ椅子に座ったブルーベルがいる。
「あれで食っていけるんじゃねえか」
「同感だ」
歌が終わると、人垣から多くの拍手がこぼれた。
トキオも一緒になって拍手しながら、声をかけるかどうか考えていると、
「あぁーーんたーーーっ!!!」
大声と同時に、派手な衣装を身にまとった女性がヒメマルに詰め寄った。

「やぁっぱりリュカだよ!呆れた、なんでこんなとこにいるのさ!!!」
女性は腰に左手をあてて、右手の指をヒメマルにつきつけている。
華やかに結い上げた髪、花や大きなレースをあしらったドレス。旅の一座の踊り子だろうか。

「あんたエレーヌだけじゃなくアンリエッタとミシェラにも手ぇ出してたんだってねえ!?」
ヒメマルは椅子に座ったまま身体を引き気味にして、目をぱちくりさせている。
「兄ちゃん、女はちゃんと切っとけやぁ」
「もてる男は辛いねえ」
笑いと共にそんな声が飛んで、人垣がばらけはじめた。
一部は野次馬になって、その場に残っている。
「あんた西の大陸に行くとか言ってたんじゃないのかい、危ないから連れていけないよー、なぁんて言ってたくせにこんの口だけ男!」
「…いやぁ、その~、色々あって…」
ヒメマルは愛想笑いしながら冷や汗を流している。
「はン、まぁあたしはハナっから信じちゃいなかったけどね。あんたがいなくなってからあのコ達がどんだけ落ち込んじまったか…」

女性の"口撃"は、まだ続いている。
トキオは、笑いを浮かべてやりとりを見ているブルーベルに話し掛けた。
「よう」
「あぁ、リーダー」
ブルーベルは椅子に座ったまま、トキオを見上げた。
「あれ、人違いとかじゃねえのか?」
「…いや。多分ほんとにやったんだろ」
ブルーベルは面白がっているようだ。
「相手をちゃんと選ばないから、こんなことになるんだ。馬鹿なんだから」
「なんか…余裕あるなあ」
トキオは感心まじりに言った。
「ラーニャ、恋愛にだらしない男を甘やかす必要はないぞ」
ティーカップがきっぱりと言う。
「はい、自分がやられたら甘やかしたりしません」
ブルーベルはヒメマルの方を眺めながら、笑顔で答えた。
トキオは腕組をして、少々渋い顔をする。
「股かける奴って結構繰り返すからな、油断ならねえかも…」
「そうだ、そのうち惚れ薬をニ瓶買ったりするぞ」
「な、俺かよ!?違うっつったじゃんかよ、予備っつうか、俺股かけるの嫌いだし、ってか惚れ薬じゃねえだろ、キ…キス薬?」
尻つぼみのトキオの反論に、ブルーベルが顔を上げた。
「それ、キスしたくなるとかいうやつ?白い売り子の錬金術師の」
「お、それそれ」
「あれ当たりだよ、俺買ってすぐ飲んだけど滅茶苦茶効いた」
「…、そうなのか?」
トキオはティーカップをちらりと見た。
ティーカップは明後日の方を向いている。

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