210.ポーション

ミュージアムで何着かの服を買ったトキオとティーカップは、魔法関連の出店が並ぶ通りへ向かっていた。
服は結構な量だったが、2人とも手ごろなザックを購入してその中へ入れたので、さしたる荷物にはなっていない。

「怪しげな店ばかりだな」
立ち並ぶ出店の陳列物に目をやりながら、ティーカップが言う。
「ま、9割方おもちゃだよ」
トキオは笑った。
水晶球やカードのような身近な雰囲気の占い道具屋もあれば、呪いの人形や邪眼の宝石といった恐ろしげなものを売っている店もある。

炎の剣、氷の盾などと銘打った武器防具を多数置いている店もあったが、どうやらそれらしい色や模様をつけただけの、普通のアイテムのようだ。

道端には行商の薬草売りや錬金術師が目立ち、その大半が惚れ薬を売っている。
明らかにうさんくさいのだが、トキオはこの薬が昔から気になって仕方がなかった。

少し前までは遊びで買えるような値段ではなかったが、10階に潜るようになった今では、さほど高いものでもない…のだが…。ティーカップの手前、立ち止まれない。
「…惚れ薬っつーのもなー、怪しいよなあ」
出来るだけさりげなく話を振ってみると、
「本物だとしても、くだらないな」
とりつくしまもない答えが返ってきた。
試しに買ってみようかな、と続けたかったのだが。

「もちろん否定するのではありません。ただいつまでも効き続ける惚れ薬は滅多にございませんし、何より薬で心を得ることに抵抗のある御仁も多くおられるはず」
前方からよく通る声が聞こえてきた。
「そういった方々とて、恋する相手の本心を知りたいという思いはございましょう」
行商の売り子の声らしい。人だかりができている。
ティーカップも興味を持ったようで、踵を上げて声の主を見極めようとしている。
「寄ってみっか」
トキオが言うと、
「そうだな」
ティーカップも頷き、人垣に歩み寄った。
売り子は真っ白な肌の少年だ。
「色が白すぎるんじゃないか」
「何か塗ってんのかな」
2人はお互いに聞こえる程度の声でやりとりを交わす。
「そこで偉大なる錬金術師、ウィンスロー・パイパーはこのポーションを開発したのであります」
少年は片手に納まってしまうぐらいの小さな瓶を持ち、高く掲げた。

「この小瓶のポーション。見てのとおりの少量でありながら、全て飲み干した途端に愛する人にくちづけしたくてたまらなくなるというしろもの」
人垣から「マジかよ」「ありえないって」「うっそお」-そんな、否定の言葉が一斉に漏れた。
トキオの隣にいるティーカップも、笑みを浮かべて首を振り、あきれるような溜息をつく。

「信じる信じないは皆様のご自由です。しかし、これをあなたの大好きなあの人に飲んでもらうことを想像してください。相愛ならば、あなたはその人からその場で熱いくちづけを受けることができるのです」
「飲ませた相手が私のこと好きじゃなかったらどうなるの?」
少年の近くに立っていた女性が質問した。
「残念ですが、彼は恋する誰かのもとへと走り去ってしまうでしょう」
少年は芝居がかった仕草で首を振った。

「ちなみにポーションの効果は5分ほどでおさまりますので、ご安心ください。…さぁこの貴重なポーション、今回は20本しか持ってきておりません。欲しい方はお並びください、一本100GPでございます!」
4、5人が迷わず少年の前に走り寄ると、ためらっていた者達も1人2人と並び始め、つられるようにトキオも前に出てしまった。
「このポーションは無味無臭でございます。どうお使いになるかはあなた様次第」

そんな口上を続ける少年にそそくさと代金を渡して、人ごみの外に出て待っていたティーカップの所へ戻ると、
「誰に飲ませるつもりだね」
案の定、小馬鹿にするような顔つきで言われた。
「別に、誰とかって…、話のタネだよ」
しどろもどろに言うトキオの手元を見て、
「2本も買ったのか!?」
ティーカップは大袈裟に驚いた。
「本命用と二番手用か。気の多い男だ」
「ちっげえよ、俺が好きなのはお、」
お前ひとり、と言いかけて、トキオは大きく息を吸い込んだ。
「ひとりだよ」
「だったら二つもいらないだろう」
ティーカップはトキオの手から、ひょいと瓶をひとつ取り上げた。

「大方ただのシロップか何かだ。こんなものに大枚をはたく心情は、全く理解できないな」
瓶を柔らかい日の光にあてて、下からしげしげと眺める。
「いいじゃねえかよ、100GPなんだし」
「懐に余裕が出たからといって無駄なものを買うようでは、長旅は出来ないぞ」
ティーカップはそう言って、小瓶の蓋を開けた。
「あ、こら」
慌てるトキオを尻目に、ティーカップは形良い鼻を近づけて小瓶を嗅ぐ。
「ふむ…。全く匂わないな。下手をするとシロップどころか水かも知れない」
「いいから閉めろって」
「…」
トキオを無視して、ティーカップは瓶の縁に舌先を近づけた。
「ちょ、お前」
「味もない。いよいよ水だ」
ティーカップは肩をすくめた。
「なんでもいいから閉めろってば、そういうのは量が変わったら効き目なくなったりすん、あーーー」
ティーカップはトキオの目の前でポーションを飲み干してしまった。
「全くうるさい男だな。心配しなくても代金は払うさ」
「ぃや…金は、いいけど…、」
もし本当に効くものだとしたら。
トキオは、大きな心配と、ほんの微かな期待を持って、ティーカップを観察した。

「なんともない…か?」
「なんともないに決まってるだろう。水だ…」
言いながらティーカップは、口元に手をあて、眉を寄せた。
「ど、どした?」
「…。…何か…、…気分が悪い」
苦しげな表情で早口に言ったかと思うと、ティーカップは突然踵を返して駆けだした。

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