209.ストライクゾーン
「なんやっちゅうねん、人を指差すなや」クロックハンドは、近づいてきたホビットに向かって言った。
「なんでミカヅキ振ったんだよー!」
ホビット-パットは両腰に手をあてて、クロックハンドの前に仁王立ちになった。
「そんなもん俺の勝手やろ」
クロックハンドはソーセージを振り振り答えた。
「大体、あいつがフリーになってなんでお前が文句言うねん。お前あいつのこと好きと違たんか?」
「…もう、諦めたよぅ」
パットは口をとがらせた。
「全っ然相手にしてもらえないんだもんよぅ」
「はは、潔ええやないか」
クロックハンドがソーセージを齧ると、パットはヒップバッグをごそごそと探って、瓶を取り出した。
「お茶。やる」
瓶を差し出されたクロックハンドは少し驚いたが、
「ありがとさん」
受け取って、栓を開けた。
パットはクロックハンドの横に腰を下ろした。
クロックハンドは黙々とお茶をソーセージを交互に飲み食いして、消費していく。
その様子を、パットはちらちらと伺っている。
「…この瓶、返さなあかんもんなんか?」
クロックハンドが言うと、
「?ぁ、ううん、別に」
パットは頭を振った。
「なんかまだ用があるんか?」
「んー」
パットはベンチに両手をついて下を向くと、足をぶらぶらさせた。
「…自分、いくつや?」
クロックハンドが訊くと、パットは目をしばたかせた。
「??? なにって?」
「お前、何歳や?」
「20歳だよ」
「はー!?」
クロックハンドの顔の半分が口になった。
「盛るにしても限度がある。せめて17歳ぐらいにしとけ」
「ほんとだー!!」
パットは握り拳をつくって力いっぱい言った。
「せやけど、ホビットにしてはだいぶ背が高いんやないか」
パットの懸命の主張を流して、クロックハンドは彼の頭の上に掌をかすめた。パットの持つ全体的な雰囲気はホビット的だが、ヒューマンの少年ぐらいの背丈がある。成人したホビットの平均的な大きさは、ヒューマンの身長の半分ぐらいだ。それを考えると、パットはかなり大きい。
「なんかー、生粋のホビットじゃないからっぽい。よくわかんないけど」
「ハイブリッドっちゅうやつか。なるほどなぁ。なんにせよどう見たかて面構えはええとこ14歳やけどなー」
「ホビットは人間に比べると童顔なんだよぅ!!」
「お前の場合、アクションも全体的にお子様やないか」
「うー」
パットは膝を抱えた。
「まあ、そういうタイプ好きな奴もおるしな。ええんちゃうか」
ソーセージを食べ終えたクロックハンドは、ハンカチを取り出して口と指を手早く拭いた。
「…」
パットは膝を抱えたまま、クロックハンドを見上げた。
「クロックハンドは、どういうタイプが好きだ?」
「…俺なあ~」
クロックハンドは腕を組んだ。
「最近ようわからん」
「…ふーん」
「そんなこと訊いてどうすんねん」
「…ん~」
パットはまた下を向いて、足をぶらぶらさせはじめた。
クロックハンドはそれを見ながら瓶に口をつけて、すぐに離した。
「これ、なくなってまいそうやけど、ええんか?」
「いいよぅ」
パットの返事に、クロックハンドは遠慮なくお茶を飲み干した。
「…あのさー」
パットは拗ねているような、微妙な声を出した。
「なんや」
「クロックハンドってさー」
「なんやねん」
「ちょっと、かっこいいな」
「あ、そやろ。この名前、結構気に入ってんのや」
「違うよぅ!!」
パットはベンチからはねるようにして立ち上がると、そのまま走り去ってしまった。
「なんのこっちゃ」
クロックハンドは呟いて、頭を掻いた。
「…あ?」
-なんや、かっこええって、俺のこと言うたんか?
言葉の意味に気づいて、クロックハンドは思わず笑いをこぼした。
-かっこええとは言われたことないからなあ。本気でわからんかったわ。
クロックハンドは横に置いた瓶に目をやった。
-せやけどミカヅキの次に俺かいな。っちゅうか殴り飛ばしたことあんのに俺のこと気になるて、色んな意味でストライクゾーン広いやっちゃなあ。
走り去った方向を見る。と、木の陰からパットがこっちを伺っていた。
「なんやねんお前は」
クロックハンドは、笑いながら立ち上がった。