208.懐疑
「さっきまで?」イチジョウは矩親に問い返した。
「歌舞いた色の着物を着て、長髪を後ろで結った男だ」
「…まさか」
イチジョウは眉を寄せた。矩親は、ササハラのことを言っているのだ。
「何故、彼が猩々だと?」
「梗花殿の屋敷で、何度か見たことがある」
矩親は、はっきりと言った。
「他人の空似じゃないのか。似た風体の男は、郷にはいくらでもいるだろう」
平静を保とうとするイチジョウに、矩親は真剣な面差しで首を振った。
「兄者。今しがたあいつを連れて行った男も猩々だ。2人まとめて空似ということはないだろう」
「ソウマか…、」
イチジョウは微かに呟いた。
「…彼も、屋敷で見たのか」
「ああ、奴らが2人でいるのをな。どちらも俺と変わらん歳の良い男だったのと、連れ合いだというのが見てとれたことで、よく覚えてる。間違いない」
イチジョウは溜息と共に目を閉じ、額に右掌をあてた。
にわかには信じ難い。
「俺はてっきり、兄者はあいつに説得されて、郷に帰るつもりなんだと思ってた」
「…」
イチジョウは小さく首を振る。
「じゃ、兄者は帰るつもりはないんだな」
「…あぁ」
「なら、あいつらを撒く算段を一緒に考えないか」
「…」
イチジョウは眉間を押さえた。
ササハラが本当に猩々ならば、魔方陣を使って逃げる方法も全て筒抜けになってしまったことになる。もう使えない。
「そうだな…。これからは、酒場の伝言板で連絡を取ろう」
イチジョウは溜息混じりに言うと、肩を落とした。
「わかった。兄者にしかわからんような暗号でも考える」
「ああ」
頷くイチジョウの手をとって強く握ると、矩親は仮面と帽子を手早く着けなおし、路地の奥へと消えていった。
*
矩親と別れた後、中央公園の噴水のへりに腰掛けて、イチジョウは黙々と考えつづけていた。しばらく動かなかった頭の中が、少しずつ冷静さを取り戻し始めている。
-まず、矩親の言葉が真実かどうかだが。
元々ブラザーコンプレックスの強い弟だ。ササハラとの仲をこじれさせようとして、嘘をついている可能性もゼロではない。10代の頃は、それで随分困らされたのだ。
-しかし…
成人してからは、そういうこともほとんどなくなっていた。
大体、嘘にしては性質(たち)が悪すぎる。
-とにかく、確認してみることが先決だ。
「すみません、お待たせしました」
声を見上げると、ササハラが立っていた。
「全く、くだらない話を長々と」
ササハラは腰に手をあて、来た方向を振り返った。
そのまま、広場をぐるりと囲む出店を視界の端から順に眺め、
「出店はとおりいっぺん見ましたね。あとは大方、似たものばかりで」
そう言って、ササハラはイチジョウの方を向いた。
「夕方からは、この辺りで野外舞踏会のようなことをするそうです」
「…じゃあ、それまでは宿に戻って、少しのんびりしますか」
イチジョウは立ち上がった。
「そうしましょう」
ササハラは笑顔で頷く。
-これが全て、俺を謀るための演技か?
信じ難い。信じ難いが、
-行動は早い方がいい。
宿への道すがら、ササハラのたわいない話に簡単な相槌を打ちながら、イチジョウは話をどう切り出すか-そればかりを考えていた
*
目的なくひとりで祭りに繰り出すことに気乗りはしなかったが、外が賑わっている時に部屋でごろごろしているのはもっと性に合わない。気楽な格好で外に出て、出店で棒つきのソーセージを買ったクロックハンドは、訓練場近くのベンチに座った。
ここは長く続く出店の終点のひとつで、比較的人影が少ない。
-祭り最終日やっちゅうのに、潜りに行く連中結構おるんやなあ。
訓練場から出たフル装備の潜り屋達は、わき目もふらずに街外れへ向かって行く。
彼らをぼんやりと観察しながら、クロックハンドがソーセージに齧りつくと、
「あー!あーーー!!!」
と、半ば叫ぶような、高めの声が近づいてきた。