206.錬金術師

イチジョウとササハラは、例の隠れ家的な料理店"ボンボヤージュ"で朝食を兼ねた昼食を摂ってから(ササハラはこの店の味付けがよほど気に入ったらしく、メニューにあるものをすべて網羅しようとしている)、カーニバルへと向かった。

祭りに初めて繰り出した2人は、気になる屋台や大道芸人の前で立ち止まっては、話をはずませている。
「<惚れ薬>を売っている、自称錬金術師が多いですねえ」
古物屋の出店で買った扇子を片手に、イチジョウが笑う。
「本物の割合はどれくらいなんでしょうね」
ササハラの懐には、同じ店で買ったキセルと煙草入れが入っている。
「さあて。試してみようにも、私たちには必要がありませんし」
「ですね」
笑い合った2人の耳に、行商らしき派手な呼び込みが入ってきた。

「これに見えるはこちらにおられる偉大なる錬金術師ウィンスロー・パイパーが手がけた傑作!!」
薄桃色の液体が入った小瓶を片手に、見たところ15,6の少年が、よく通る声と大きな手振りで熱弁をふるっている。
2人が歩みよると、周囲には人だかりが出来はじめた。
「あの若衆、やけに色が白いようですが」
目の前にいる人と人の頭の間から売り子を確認して、ササハラが呟いた。
「道化のように、何か塗っているんじゃないですか?」
イチジョウは目を細めた。色白というレベルではない。化粧をしたピエロの白さだ。
薄い金の髪に、貴族風の服がよく似合っている。
「彼は目をひきますね。うまいものだ」
ササハラが感心したように言う。
「確かに、本人が売るよりずっと宣伝効果は高そうです」
『偉大なる錬金術師』は、地味なローブを着て、少年の後ろで静かに座っている。
「同業者が多いと、売り方も凝らないといけませんねえ」
「凝りすぎていても胡散臭いですし、加減が難しい」
2人が人だかりから離れようとすると、
「イチジョウ~」
聞きなれた柔らかい声で呼ばれた。
「あ、お2人もデートですか?」
イチジョウが言うと、
「そうだよ~。こんちは~!」
声の主、ヒメマルは羽根つき帽子を取って、ササハラに挨拶した。横にいるブルーベルが、一緒に軽く会釈する。
ササハラも頭を浅く下げて返した。

「これ、何?」
ヒメマルが人だかりを指した。
「錬金術師の行商ですよ。売り子がきれいな少年なので、人目を引いているようです」
「どれどれ~?」
ヒメマルは背伸びをして、人の頭越しに少年を見ようとしている。
祭りにあわせてコーンキャップや飾り帽子をかぶっている者が多く、背の高いヒメマルでも、中央まで視線を通すのはひと苦労だ。
「錬金術師は本物?」
隣でかかとを上げたり下げたりしているヒメマルを放っておいて、ブルーベルはイチジョウに訊いた。
「私はこういう道に疎いですから、真贋のほどはわかりませんねえ」
「何を隠そうこのわたくし、人より生まれたのではありません!」
少年の声が人ごみを突き抜けてきた。
「では誰が生んだのか?賢明な皆様はもうおわかりでしょう!わたくしはこの偉大な錬金術師の手によって創造されたのです!」
「ホムンクルス!?」
はじかれたように叫んで、ブルーベルがヒメマルの腕を掴む。
「ヒメ、持ち上げてくれよ、見てみたい、早く!早く!!」
「待って待って、はい」
ヒメマルが、ブルーベルをヒョイと抱き上げる。
「ほむん…?」
ササハラが首をかしげたのに、イチジョウも首をかしげて応えた。

「うえっ」
ブルーベルと一緒に少年の方を見ていたヒメマルが、おかしな声を出して姿勢を崩した。
「ベル、ごめん、俺、後ろ向いてていい?うぇ」
「どうかしたのか?」
ブルーベルは視線を白い少年に向けたままで言った。
「あの子、気持ち悪い」
ヒメマルはそう言って、一度ブルーベルを下ろした。
「じゃあ本物ってことかな」
ブルーベルはヒメマルの首筋に手をかけながら言った。
「多分ね」
ヒメマルは自分の肩ごしに少年が見えるように、ブルーベルを抱き上げなおした。
「ホムンクルスっていうのは、人造人間のことなんだって」
状況が飲み込めていないイチジョウとササハラに、ヒメマルは笑顔で解説した。
「錬金術師の目標のひとつなんだってさ。俺もよく知らないから、受け売りだけどね~」
「人を…造れるんですか!?」
「まさか!」
イチジョウとササハラは信じがたいという表情で声をあげ、顔を見合わせた。

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