201.林檎
クロックハンドは夕暮れ前にシキと別れてから、一人でカーニバルを見て回っていた。*
「シキ」2人で大道芸を眺めている時に声をかけてきたのは、いかにもシキが好きそうな大きな男だった。
髪は茶色というより赤に近く、顔を含めた肌の露出している部分のほとんどに傷痕がある。
間違いなく戦士だろう。野性的な風貌だ。
「あー…」
シキは、どこか気まずいような顔つきで返事をした。
「晩飯でも一緒にどうだ」
男の誘いに、
「連れ、いるから」
シキは慌ててクロックハンドの肩を引き寄せた。
「おめえも一緒にどうだ?」
男は気さくな笑顔でクロックハンドを誘った。
-ダブルと同じようなタイプやな。好みやろうに、なんで反応悪いんや?
クロックハンドは男の面相を観察してから、横にいるシキを見た。
「シキ、この人と行くのはなんかまずいんか?」
クロックハンドの質問に、シキは困ったような顔をした。
「…そういうわけじゃねー、けど…」
「こいつが俺を避けるのは、グラスと俺がダチだからよ」
男は笑って、親指で自分を指した。
「別れたんだろうが?飯ぐれえいいじゃねえか」
「…」
シキはクロックハンドの肩を掴んだままだ。その顔は怯えているわけでもなく、迷惑というわけでもなさそうで、戸惑っているという印象が一番しっくりくる。
「行く気ないんやったら、はっきり断った方がええぞ。この手の兄ちゃんは、見てくれと同じように引き際も男らしゅうて、さっぱりしとるもんやで」
クロックハンドの言葉に、男は笑った。これでは、しつこく誘うわけにいかない。
「…いや…嫌なわけじゃねんだけど…」
シキの表情に照れのようなものを見てとったクロックハンドは、
「ほなまあ、ええやないか。飯ぐらい食うてきたらええねん」
シキの腰を軽く叩いて言った。
「え、でもクロックは」
「俺は一人でのんびり歩き回るわ」
クロックハンドはシキを男の前に押し出した。
「ありがとよ」
男はクロックハンドに向かってにかっと笑って片手を上げ、その手でシキの頭を天辺から後頭部に向けて、柔らかく撫でた。
「やっとおめえと話が出来るな」
シキの顔を覗きこむようにそう言った男の目は、随分と優しかった。
*
-嫌いやったらもっとはっきり断るわな。なんやら緊張してるみたいやったし、案外あれが本命なんかも知れん。シキの微妙な表情を思い出しながら、クロックハンドは出店に並べてある果実を手に取った。
リンゴのようだが、やや小ぶりで手のひらに丁度いいサイズだ。
「どうだい、採れたてのミドルアップルだ。甘くて美味いよ!」
50代に入ったぐらいだろうか、リンゴのような頬の店主がいい笑顔で言う。
「これ皮ごと食えるん?」
「もちろん、皮も栄養たっぷりだよ!」
「ほな、3つ」
「あいよ!」
クロックハンドは、渡されたリンゴのひとつをその場で齧った。
「うま!!」
「だろ!」
傍で2人のやりとりを見ていた婦人が、
「私にもこれ、5つちょうだいな」
店主に話しかけた。
「あいよ!」
店主が婦人の方を向くと、クロックハンドはリンゴを齧りながら歩き始めた。
「おいしそー、どこで買ったのー?あたしも買うから、一緒に食べない?」
店から大して離れないうちに、10代半ばらしき女の子が声をかけてきた。
シキと別れてから、もう5人目だ。
やたらモテる。
…と思いたいところだが、声をかけられる原因の見当はついている。
-よっぽど退屈そうな顔しとんやろうなあ、俺。
クロックハンドは軽く視線を上げると、
「ごめんなー俺帰るとこやねん、そこの店でおっとこ前の兄ちゃんが売ってるで」
歩みを止めずにリンゴを持った手で来た方向を指し、まだ何か言おうとしている女の子をそのままにして、宿への道を選んだ。