200.夕刻

近くで人が動く気配に、トキオはゆっくりと目を開けた。
ティーカップが座ったまま膝を立てて、右足のブーツを履いている。
トキオは身体を起こした。
「おはよう」
ティーカップが軽く首をこちらに向けて言う。
「…ぉう」
トキオは寝グセのつきかけている後ろ髪を掻いた。
しばらくは横になってティーカップの寝顔を眺めたり、髪をちょっぴり触ってみたりしていたのだが、いつの間にか一緒に眠ってしまっていたらしい。
荷物は…どうやら無事だ。

「爆眠しちまった…」
トキオは夕焼けに染まり始めている空を見上げた。
「なかなかの寝心地だったな」
ブーツを履き終えたティーカップが言う。
「うん」
トキオが素直に頷くと、
「さて」
ティーカップは立ち上がって、軽くパンツを掃った。
「僕はこれからディナーだ。ごきげんよう、トキオ君」
荷物を掴み、そのまま歩き出しそうな雰囲気に、トキオは慌てて立ち上がった。
「だ、誰と?」
「君の知らない男さ」
ティーカップは微笑むように言って、歩き始めた。
トキオも急いで荷物を掴み、その横に並ぶ。

相手について訊くか訊くまいか、森を出るまで悩んだものの、
「これから一緒にメシ食うのって、どういう奴?」
結局、訊いてしまった。
「聞いてどうするんだ?」
予想していた答えだ。
「…どうもしねっけど…、」
予想していながら、返答は用意できていなかったトキオは、口篭もった。

「気になるのか?」
前にも同じことを言われたような気がする。
「…、なる…」
トキオも同じことを言った。
「野次馬的な好奇心はお断りだ」
ティーカップは左手を大きくひらりと振った。
「ちが、」
トキオは思わず大きな声を出してから、
「そんなんじゃねくて」
「ねくて?」
「なくてだよ」
「好奇心じゃないなら、なんだ」
「…」
トキオは俯いた。
-好奇心じゃなくて気になる理由なんか、「お前に気があるから」以外にねえじゃんかよ…
こういう時に上手い言い訳を探し出せない自分が、もどかしくて仕方ない。

無言のまま歩くうちに、街の入り口に着いてしまった。
「僕はこっちだ」
ティーカップは、宿とは反対の方を指した。
「あ、うん」
トキオは浮かない顔のまま頷いた。
「寝坊しないでくれたまえ」
「…あ、あ、うん。うん」
夕食の相手のことで頭がいっぱいで、ティーカップの言葉をやや遅れて理解したトキオは、何度も頷いた。

手を振って、去っていくティーカップの後ろ姿を、
-脚長えなあ…。あの戦闘用パンツ似合うんだよな…
などと思いながらぼんやり見送っていたトキオは、ふと、
-待てよ。着替えなくていいような相手ってことか。
そんなことに気が付いて、ほんの少し安心した。

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