196.木陰
ヒメマルとブルーベルは、迷宮入り口前でイチジョウ達3人と偶然顔を合わせた。「こんちは~。指輪作戦やってるの?」
ヒメマルが挨拶がてらに訊くと、イチジョウは笑顔で頷いた。
「ええ、今もひとつ売ってきたところです。二人で潜るんですか?」
「うん。ベルが召喚魔法の本手に入れたから、試してみようと思って」
ヒメマルは片手に持った、大きく分厚い本を振ってみせた。
「召喚魔法ですか、面白そうですね」
「イチジョウ達も一緒に来る?」
言いながら、ヒメマルはブルーベルの表情を窺った。
ブルーベルはイチジョウの隣に立っているオスカーをうさんくさげに眺めていたが、
「周りを固める人は多い方が助かる」
イチジョウに視線を移して、そう言った。
「行ってみませんか?」
「面白そうです」
イチジョウの誘いにササハラは即答した。本当に興味があるらしく、声に少し力が入っている。
「オスカーも一緒に、どうでしょう」
イチジョウがオスカーを掌で差しながらブルーベルに言うと、
「いい壁になりそうだな」
ブルーベルは無愛想に答えた。
「喜んで壁になりますよ!参加させていただいて光栄です。私はオスカーサード、よろしく」
オスカーは笑顔で手を差し出したが、ブルーベルはその手を一瞥して、そのまま無視した。
「俺はロードのヒメマル、彼はビショップのブルーベル。よろしくね」
間が出来る前に横からオスカーの手を握ったヒメマルが、愛想たっぷりの顔で挨拶する。
「ロード二人、侍二人がいれば守りはばっちりですね」
オスカーは2、3度小さく頷きながら、ヒメマルの手を握り返した。
「どこで実験するんですか?」
イチジョウが訊いた。
「4階にしようと思ってたんだけど、このメンバーならもう少し深い階に潜れそうだね。深い方が召喚に都合がいいみたいなんだ」
ヒメマルが本を両手で抱くように持ち直す。
「邪魔が入らない場所が良いでしょうね」
ササハラが言うと、4人とも頷いた。
「スペースは1ブロックあればいいんでしょうか?」
オスカーがブルーベルに訊く。
「4ブロック欲しい」
ブルーベルが短く答える。
「深い層、人が来ない、4ブロック…」
オスカーは目を閉じた。迷宮内の構造を思い起こしているらしい。
「うん、あそこが一番です」
オスカーはぽんと手を打って、人差し指を立てた。
「9階のエレベータやシュートから離れた所に、ぴったり4ブロックの場所があります。マロールで直接行きましょう。お二人が後衛でいいですか?」
ヒメマルとブルーベルは、軽く視線を交わしてから頷いた。
*
円形土砦跡近くの森で、トキオは静かな幸せを満喫していた。木陰の方が昼寝に適している、というティーカップの意見で初めて森に入ってみたが、とても心地よい所だ。
道から少しはずれた所に、丈の低い草花が絨毯のように広がる、10m四方のスペースが開けていたので、その端の木陰で休むことにした。
ティーカップはザックからマントらしきもの(予備だろうか?見たことのない、パール色のマントだ)を取り出して平らに畳んでタオルを巻き、即席の枕を作ると、装備をはずしてザックに詰め込んだ。
次に、着けていたマントを草の上に敷き、その上に座ってブーツと靴下まで脱いでしまってから、襟とベルトを緩めて横になった。
-手際いいな…
除装したトキオが横に座ってブーツの紐を緩めていると、ティーカップは敷いたマントの端を引いて体にかぶり、
「おやすみ」
と言うと、あっという間に寝息をたてはじめてしまった。
野営や野宿をする場合、盗まれないよう荷物の端を体に結ぶ等の対策をしておくものだが、ティーカップのザックは無防備に転がっている。
-ん、これ、俺は寝るなってことか?
ティーカップを見下ろして、トキオは肩を竦めた。
-いいけどよ。
トキオは頬を緩めた。元々眠かったわけでもない。
走れる程度にブーツの紐を結びなおし、右手の下に短刀を置いて、陰を作ってくれている大木に背を預けた。
ひと通り周囲を眺め、危険な動物がいないことを確認すると、トキオは視線を横に落とした。
ティーカップは気持ち良さそうに眠っている。
気を許してくれているのか、無害だと思われているのか-
よくわからないが、とりあえず今、トキオが幸せなのは間違いない。