195.ゴーグル
クロックハンドは、一度自室に戻って着替えてきたシキと一緒に中央広場の噴水に腰をかけ、遅い朝食を摂っていた。シキがこぼれそうなほど蜂蜜の乗ったパンを齧りながら、クロックハンドの手元を覗きこむ。
「ポテトが朝飯っつうのが信じられねー」
「そうかー?三食ポテトとナッツでもかまへんで俺」
「ありえね~!」
たわいない会話を交わしながら、二人は往来の人々を観察している。
「あ、あいつ好み!」
「どれや?…なんや、またでかい男かいな」
「でかい男いいじゃん」
「悪いとは言わんけど」
「あっ、ああいう奴ならでかくなくても好み」
「んー?」
片手にちぎったパンでシキが差した方を見ると、中肉中背というには少し逞しいぐらいの体格の男がいた。
遠くてよくわからないが、顔には大きなゴーグルをつけているようだ。
上半身にはベスト状の服、下半身には皮製らしき黒いパンツに加え、脛までのモノトーンのブーツを履いている。
「スタイル良くねえ?」
「まぁな」
-服は悪ぅない。
思いながらも、クロックハンドはさして興味を示さずに新しいポテトに楊枝を刺した。
「こっち見てるぞ」
シキがクロックハンドのわき腹を軽くつつく。
「お前がじろじろ見るからやないか」
クロックハンドがもう一度ゴーグルの男に目をやると、男はピタリと立ち止まり-
次の瞬間、猛然と駆け寄ってきた。
「な!?」
「なんや!?」
ズジャッと靴底の擦れる音を立てて二人の目前に立ち止まった男は、肩で一度息をついてから、クロックハンドの足元にしゃがみこんで顔を上げた。
「あ!?エディか!?」
思わず本名を呼んで、クロックハンドは目を丸くした。
エディ-ミカヅキは笑顔で大きく頷くと、
「よし、効いてる」
と呟いて、肩幅に開いたクロックハンドの両膝に掌を乗せた。
「らしゅうないカッコしとるな。誰やわからんかったぞ」
クロックハンドはミカヅキの服装をしげしげと眺めた。
粗悪品の在庫一掃バーゲンで売っていそうな服を平気で着ていたミカヅキとは思えない服の選び方だ。色味はいつもと変わらないが、モノがいい。
「センスのいい人にコーディネイトしてもらったんだ」
ミカヅキは嬉しそうに言うと、クロックハンドの左足に抱きついて、太腿にぴったりと頬を寄せた。
シキはパンを咥えたまま、二人のやりとりを呆然と眺めている。
「お前、俺の置き手紙読んだか?」
「手紙?」
「宿に置いといたんやけど」
「今この街に戻ったところで、宿には帰ってないんだ。まだ読んでない」
ミカヅキはよどみなく答えた。
「ほな言うとく。俺はお前ともダブルともつきあわんことにした」
「!?」
ミカヅキは顔を上げた。
「もう、部屋も他にとったある」
「…フィリップ…」
「どっち選ぶか悩んで辛いからどっちもやめた、とかそういうわけやないから、ダブルにいらんことすなよ」
「…」
ミカヅキは騎士のように片膝を折って背筋を伸ばし、ゴーグルの奥からクロックハンドをじっと見つめた。
それを正面から見つめ返したクロックハンドは、ふと違和感を覚えた。
-なんや…? …ああ、目つきがちゃうんか?
いつも怯えているように落ち着かず、挙動不審だったミカヅキの目の光が、やけに強い。
「…お前、どないしたんや?なんかキメてんのか?」
クロックハンドが眉をひそめると、ミカヅキは一瞬ぽかんとした表情になってから、気が付いたように笑った。
「これ」
つけたままのゴーグルのガラス部分を、人差し指でコツコツと叩く。
「マジックアイテムの工房で作ってもらった。色んな種類の視線の力をある程度遮断するんだ」
「…はぁ~、それでそないにシャキっとしとんか」
クロックハンドは興味深げにゴーグルに顔を寄せた。
「それつけて見たら俺も普通の人やろ。俺だけを一所懸命追っかけ回す必要なんかあらへんて思えるようになったんとちゃうか?どないや?」
ミカヅキはクロックハンドを見つめたまま小さく左右に頭を振って、
「俺が好きなのはフィリップだけだ」
ときっぱり言った。
「それ、ほんまに役に立っとるんかぁ?」
訝しげに言うクロックハンドの両太腿を抱えるようにしてにじり寄ると、ミカヅキは真剣な声を出した。
「フィリップ、今までの俺とこれからの俺は違う。改めて交際を申し込ませて欲しい」
「…、交際て…」
クロックハンドは困惑顔で頬を掻いた。