190.肩車
体力にまかせて歩き回ってカーニバルの夜を満喫したクロックハンドは、シキの「なあ、もうそろそろ、宿、行こうぜぇ~」
という息も絶え絶えの訴えが五度目に至ったところで、やっと頷いた。
「ほな広場通って帰ろうで」
シャキシャキと歩きはじめたクロックハンドに、
「広場行ったら、はぁ、また出店に寄っちゃうんじゃねーのかよ~」
シキはふらふらとついていく。
「大丈夫や、広場の店は昼間に大体見たから。自分ほんまに体力ないなあ」
クロックハンドはシキの手を握った。
「俺はぁ、ビショップだって言ってん、じゃんかよ」
「頭だけやのうて身体もちっとは鍛えんかいな」
「嫌だ~疲れるの嫌だ~」
「しゃあないやっちゃな」
そんなやりとりを交わすうち、2人は中央広場に到着した。
混雑しているというほどではないが、やはり人が多い。
クロックハンドが歩きやすい空間を選びながら進んでいくと、右手の人垣の影から不意に男が現れて、ぶつかりそうになった。
「おう、クロックじゃねえか」
聞きなれた声に、クロックハンドは相手を見上げた。
「あっ、なんやダブルか」
「おう」
ダブルは笑顔で頷くと、クロックハンドに手を握られて肩で息をしているシキに目を止めた。
「なんだ、面白え組み合わせだな」
「今日ダチになったとこなんや。ダブル、腕どうかしたんか?」
ダブルは先程からずっと、右腕をさすり続けている。
「そっちで腕相撲大会やってんだよ。折られそうになっちまった」
「相手よっぽどマッチョやったんやな」
「ヒメマルだぜ」
「ヒメちゃん??」
クロックハンドはアヒル顔になった。
「俺が挑戦した時点で35人抜きしてたぞ。見てみるか?」
答えを聞く前にダブルは腰を落とし、クロックハンドの股下から頭を差し込んだ。
「おー、よう見えるわ」
ダブルの肩の上で右手をひさしのようにかざし、クロックハンドは広場を見回した。
「ほれ、あっちの方だ。右の方、人が固まってるだろ」
ダブルが指差す方向にクロックハンドが傾く。
「ん~?あー、やっとるやっとる!」
そんな2人の様子を見ていたシキは、腕を組んで口元をややへの字に曲げた。
-やっぱ絶対もったいねーって。
「右におんのがヒメちゃんかいなぁ?」
「もっと近寄るか」
ダブルはクロックハンドを肩車したままでアームレスリングの人ごみに歩み寄って行く。
出来る限り歩きたくないシキは、その場で待つことにした。
人ごみに入り込んで押しつぶされるのはごめんだし、観客は大男ばかりだ。自分の身長ではとても中は見られない。
対戦中のヒメマルの上半身には、汗でびっしょり濡れたタンクトップが張り付いていた。
同様に汗で濡れた前髪はオールバックになでつけられているが、数本の束が額にかかっている。
「なんやヒメちゃん、いつもよりずっとおっとこまえやんか」
「だぁなあ」
ダブルが相槌を打つ。
クロックハンドは観衆の中にベルを探した。…見当たらない。
「ベルちゃんおらんのかいな」
「ん?ああ、あいつらつきあってんだったか」
「そうやー。あんなヒメちゃん見たら惚れ直すやろうになあ」
言っているうちに勝負がつき、歓声と怒号が湧き上がる。
クロックハンドは周囲の男達の振り上げた拳にぶつかりそうになり、思わず身を縮めた。
「っしゃぁああああ次の奴出てこーーーーい!!」
ヒメマルは右腕を振り上げて叫んでいる。
「うわー、ごっつ男らしなっとるがな。ヒメちゃんがこない力自慢やと思わなんだわ」
「力っつうか、あいつぁ骨がとびっきり強えんじゃねえかな。俺の印象だけどな」
言いながら、ダブルは人を押しのけてシキの待っている場所まで戻った。
肩車から降りたクロックハンドが礼を言うと、ダブルは酒場に行くと言って手を振った。
「ほんとにいい男だなー」
ダブルが去った後、シキが感心したように言った。
「そうやな」
クロックハンドは笑顔で答え、シキの手を握りなおした。
「ほな、宿行こか」