189.中央広場

食事の後ビアスと別れたトキオは、下見がてらに賑やかな街道をぶらぶらと歩いていた。
夕闇に染まりはじめた空には、時折夜の花火が上がっている。

そのうち、トキオは広大な正円状のスペースにたどり着いた。
中心には何体かの彫刻をあしらった、やはり円形の大きな噴水がある。
ここは中央広場と呼ばれ、普段は市が立ったり、各種催し物が開催されている場所だ。

今日は広場を縁取るように屋台やシートが並んでいる。
噴水の周囲は人々で埋め尽くされていた。
-やっぱ夕方以降は座れそうにねえな。
噴水の外周部分は腰かけるのに丁度いい高さなのだが、隙間なく人が座っている。
石畳の地べたに座りこんでいる者も沢山いるが、ティーカップがそれを好むとは思えない。
-ゆっくり出来る場所探さなきゃな…

遠巻きに出店を眺めながら歩いていくうち、出店と噴水の丁度中間地点辺りに出来た、騒がしい人だかりに遭遇した。
「おー、やってんな」
トキオは近くの人を少しばかり掻き分けて、背伸びをした。
人ごみの中心には、レバーのように垂直に伸びた二本の持ち手つきのテーブルと、それを挟んで向き合う2人の男。
間にはもう1人男がいて、2人の肘をテーブルの円の上に固定させ、手を握り合うよう指示している。
2人はそれぞれ左手で持ち手を握り、右手同士を組み合った。
間にいる男は2人の拳の上に手を置き、位置を調整すると、
「ファイト!!」
叫んで手を離した。

酒場で揉め事の結論を出す時によく使われるアームレスリングだが、カーニバルでも人気が高く、すっかり恒例になっている。
ルールは単純な勝ち抜き戦で、抜いた人数によって賞品がもらえる。
最低でも10人抜かなければ賞品は出ないのだが、力自慢が集まる中でそこまで体力が持つものは少ない。
トキオも去年参加したことがあるが、7人抜いたところで腕が痺れてしまった。
-今年は去年よりずっと体力ついてっから、10人ぐらいは持つかも知れねえな。
勝負がつき、負けた男が観客に戻ると、俺にやらせろ!!という男達の怒号が鳴り響いた。
審判役の男は、もったいつけるようにゆっくりと荒くれ者達を眺めてから、
「よーし次は君だ!!」
と叫んで、人ごみの中のある一点を指差した。
観客の視線が集中する。
「やった~!すいませんね~、はい通してくださいね~」
出てきたのは、両手に大きな袋をぶら下げた甘いマスクの男だ。
「ヒメマルじゃねえか」
トキオは思わず声に出し、人を更に掻き分けて前進した。

客からは激しいブーイングが起きている-当然だ。
相手はスキンヘッドの大男で、絵に描いたような力自慢である。
何も知らない人間の目には、ヒメマルは勝ち抜き人数を増やすためのサクラにしか見えないだろう。
だが、トキオはヒメマルの腕力を知っている。

大きなモンスターの攻撃を盾で受け止める時、ヒメマルは滅多にふらつかない。
下半身が強いのは確かだろうが、腕力も相当なもののはずだ。
腕ごと持っていかれかねないような攻撃ですら、ヒメマルは受けきるのだ。
-こりゃ面白えぞ。
ブーイングが続く中、ヒメマルとスキンヘッドは手を組み合わせた。
スキンヘッドの表情に注目していたトキオは、彼が一瞬怪訝な顔をするのを見逃さなかった。
トキオの経験上、組んだ時に相手の強さがわかるというのは本当だ。
-ヒメマルが勝つな。
これが賭けなら大儲けなのに…と思った時に、
「ファイト!」
審判が叫び、その直後に
バン!!
と派手な音がした。

何が起きたのか理解していない客のブーイングが続いている。
「審判さん、判定判定」
姿勢を崩さないままヒメマルが言う。
「あ…ウィナー!」
審判が思い出したようにヒメマルの右手を掴んで、高々と上げた。
ワンテンポ置いて、歓声があがった。
勝負事の見物人は変り種が大好きだ。
いかにも…という者が勝つよりも、ヒメマルのような男が勝つ方が面白いに違いない。
ヒメマルは審判に、
「賞品ってなにがもらえるの?」
と尋ねて、勝ち抜き人数ごとの賞品を書いたパネルを見せられ、
「100人抜いてダイヤモンドもらっちゃうぞ~!!!」
高らかに宣言して、また観客をわかせていた。

ヒメマルが5人抜きするところまで見て、アームレスリングの輪から離れたトキオは、
-面白えんだけど、あいつは好きじゃなさそうだよなぁ。大体あの手じゃやらせらんねえし、左利きだし、何より他の奴の手握るってのがいただけねえしな…
などと考えながら、中央広場を後にした。

Back Next
entrance