188.恋敵

ヒメマルは1人、硬く白い無味乾燥なベッドに腰掛け片肘をついていた。
-大体お医者さんはスケベって決まってんだよねー。
ブルーベルはバベルに連れられて、本があるという奥の部屋に入ってしまった。
-本で気をひこうなんてさぁ、ズルイじゃない。ねえ。
ヒメマルがふてくされていると、出入り口のドアが軽くノックされた。
「先生は取り込み中ですよー」
投げやりに言ってみたが、客はドアを開けて部屋に入ってきた。

「あれぇ、どしたの、ティー」
ヒメマルは肘にあてていた手を下ろした。
「ドクターは?」
ティーカップは部屋を眺め回してから、ヒメマルに目を合わせた。
「奥にいるよ。ベルと一緒」
「ラーニャと?怪我でもしたのか」
ヒメマルは首を振った。
「ここのお医者さんに本売ってもらうんだって。色々見せてもらってるの」
「ふぅん」
ティーカップはベッドの脇に置いてあった丸椅子に腰かけた。
「ティーはどうしたの?」
「たまに爪を診てもらってるんだ」
ティーカップは一瞬だけ、左手の甲側をひらりと見せた。
「あ、まだ治ってなかったんだ」
「もうほとんど問題ないんだが、念の為にな」
ティーカップは開いた両脚に手を置いた。

「お祭り回った?」
「冷やかし程度だがね」
「1人で?」
「ああ」
「トキオ誘ってあげればいいのに」
「潜ってるだろう」
「ティーが誘えば、潜るのなんかすぐにやめて飛んできちゃうんじゃな~い」
ヒメマルは意味ありげな笑いを浮かべて、ティーカップの反応を窺う。
「当然だ」
ティーカップは間髪入れずに言った。
「なんでなんで?」
ヒメマルが身を乗り出す。
さすがにティーカップも、トキオの気持ちにはもう気付いているのかも知れない。
ティーカップはふっと笑いを漏らし、胸元に掌をあて、顎を上げると、
「僕の誘いを断れる人間がいるわけないだろう」
と言ってのけた。
「あ~、そういう意味ね…」
ヒメマルが小声で呟いた時、バン!と勢いよく奥のドアが開いて、
「ヒメ、見てこれ!」
ブルーベルが本を片手に走り出てきた。
「…あ、坊ちゃま、」
続けて何か言おうとするブルーベルの目の前に片手を軽く上げ、挨拶と制止をまとめて済ませると、ティーカップはドアの向こうにいるバベルの方へ歩いて行った。

ティーカップの後姿を二、三度気にしてから、ブルーベルは持っていた本をベッドの上に開いた。
「これ」
ヒメマルが覗きこむと、そこにはあの「白い魔物」が、以前見た本よりも緻密な挿絵つきで紹介されていた。細かい字で、名前や性質等といった詳細なデータまでがびっしりと載っている。
「召喚の手順もみんな書いてあるんだ」
そのページを食い入るように見つめるブルーベルの瞳は、まさに"キラキラ"という表現がぴったりの輝き方をしている。
「カーニバル中ならいつもより人少ないだろ、地下で適当な場所見つけて試してみたいんだ。つきあってくれるよな」
顔を上げたブルーベルは、ヒメマルの浮かない表情に気付いて口を尖らせた。
「なんだよ、嫌なのか?」
「いや、つきあうけど…さぁ」
ヒメマルは額をぽりぽりと掻いた。
「俺にとっては一応、恋敵なわけじゃない?ちょっと複雑っていうかぁ」
「ヒメだって応援してたじゃないか」
「そうなんだけど~、実際にこう、実現可能になっちゃうとさあ」
「そんじゃ1人で潜って1人で召喚する。ヒメマル来なくていい」
ブルーベルはぷっとふくれてそっぽを向いた。
「危ないよ~、行くよ~」
「じゃ、明日の朝にしよう」
ブルーベルは笑顔に戻ると、ページに紐のしおりをはさんで本を閉じた。
「他の本も見せてもらうし、このまま泊まってくから。買った本持って帰っといてくれよ」
本を抱えたブルーベルは、再び奥の部屋に戻って行った。

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