187.秘宝コース

「もちろんだ」
ビアスはこともなげに言った。
訊き方が悪かった。とはいえ、意識して訊いたわけではないのだから仕方がないのだが-これでは友情なのか恋愛感情なのかわからない。
-訊きなおした方がいいかな…。でも、ここでビアスの気持ち聞いてどうすんだって気もするし…
トキオは口を閉じたまま、下唇をほんの少し噛んだ。

「君は?」
不意にビアスが問い返してきた。
「…あ…、そりゃ…、もちろん」
答えたトキオはビアスから逃げるように視線を外すと、水を飲んだ。
ちらりと目を上げてみる。
ビアスは薄い笑いを浮かべたままでこちらを見ている。
エルフのこういう表情は苦手だ。
実際に何を考えているのかはわからないが、からかわれているような、馬鹿にされているような、観察されているような、値踏みされているような…そんな気がして、落ち着かない。

「【至福の島の秘宝コース】をご注文のお客様」
静かに近づいて来たウェイターが、整った声で言った。
トキオが目をぱちくりさせていると、ビアスがトキオを掌で指した。
ウェイターはトキオに一礼してから、何本かのフォークとナイフとスプーン、そして大きなクリスタル製のボウルに華やかにデコレートされたサラダを置いて行った。
トキオは思わず腰を浮かせて、パーティサイズのサラダを上から覗き込んだ。
「これで1人分か…」
ビアスの声には、感嘆と呆れがこもっている。
「食う?」
身を乗り出したまま、トキオがビアスに訊いた。
「食べきれないのか?」
「いや、いるかなぁと思って」
「俺の料理にもサラダはついてるよ」
「そっか」
頷いたトキオは、レジにいる店員を一瞥してから、
「…ここ、マナーとかうるさい方か?」
と小声でビアスに訊いた。
「そういう店じゃないと思うが」
「チョクで食っていいかなぁ」
トキオは左手をボウルにかけて手元に寄せた。右手にはもうフォークを握っている。
「いいんじゃないか」
「んじゃお先に、いただきまーす」
トキオはフォークをサラダに突き立ててごっそりと野菜を取り出すと、もりもり食べ始めた。

ビアスはほどよいサイズの自分のサラダを受け取り、それをつつきながらトキオを眺めていたが、そのうち堪えきれなくなったように
「ふっ」
と喉から鼻に抜けるような笑いを漏らした。
「ん?」
既にサラダを半分たいらげたトキオが、顔を上げる。
「いや…、すごい食欲だな」
ビアスはフォークを持ったままの手で、綻ぶ口元を押さえている。
「そうか?」
きょとんとしているトキオの前に、血の滴る二枚の分厚いステーキ、チーズと目玉焼きの乗った巨大なハンバーグ、付け合せの域を越えた人参とポテトを山盛りに乗せた鉄製の大皿がそろりと置かれた。
「お熱くなっておりますのでお気をつけください」
「あ、ども」
トキオは去って行くウェイターと、目の前の皿を何度か見比べて、
「こんで終わり?」
と呟いた。
ビアスが更に破顔して、肩で笑いながら額に手をあてた。
「君、まだ成長期が終わってないんじゃないか?」
「ん~?そうかなぁ。そうかも知んねえな、人に比べて燃費悪ぃみたいだし」
でも肉体年齢30越えてんだけどなぁ、などとぶつぶつ言いながら、トキオはステーキに取り掛かった。

ビアスに運ばれてきたのは、肉の角切りにクリームソースを絡めた料理だ。
「それ何の肉だ?」
トキオが首を伸ばす。
「羊だ」
「へー…」
トキオが興味深げに眺め続けていると、
「食べてみるか?」
ビアスが肉を一切れフォークに刺して、トキオの前に差し出した。
「えっ、あ、いや」
「早くしろ、クリームが落ちる」
言われて急いでかじりついたトキオは、
-うわ、うまい…。そういやティーカップともこういうことやったけど、もしかしてエルフにとって「あーん」っつうのは親密度にあんまり関係ねえ行動なのか?だとしたらちょいショックだなー…
口を動かしながらそんなことを考えて、眉を微かに寄せた。

少し離れたテーブルでは、イチジョウが首を傾げていた。

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