186.ボンボヤージュ

午後1時半、グラスのパーティは迷宮入り口まで戻っていた。
「メンバーを入れ替えて昼食後にまた潜るが、君はどうする」
グラスにそう訊かれて、トキオは少し考えた。
「うー…ん、やっぱそのへんちょっと見て回りてえかな。やめとくわ」
「そうか」
グラスは頷いて、
「お疲れさん、解散だ。気が向いたら2時半にまたここに来てくれ」
メンバー全員に対して、手を振った。

-シャワー浴びて着替えてからメシにするか。
そう考えたトキオが宿へ向おうとすると、
「トキオ君」
高い位置から右肩を叩かれた。
思わず顔を向けたが、右手には誰もいない。
「良かったら一緒に食事でもどうだ」
声がした左側を振り向くと、ビアスが立っていた。

-なんで俺誘うんだ?何か言いたいことでもあんのか?
また色々ひっかかること言われるんじゃねえか?
んでまた俺はブルーな気分になるんじゃねえのか?
でも、俺が一緒にいる間はティーカップとビアスが2人っきりになることもねえんだよな。
ギルガメッシュは混んでんじゃねえか?


そんな思考が一気にトキオの脳裏をかすめる。もう一度、
「どうだ?」
と訊かれると、トキオは、
「お、うん」
と答えていた。
*
オスカーの行きつけの店「ボンボヤージュ」は、隠れ家的な雰囲気の地方料理専門店だ。
メインディッシュはどれもボリュームがあって味も良し、値段はお手ごろと、三拍子揃っている。
「本当に旨い。裏通りにこんないい店があったんですね」
この店の味付けがよほど口に合ったのか、ササハラは料理が運ばれてきてからずっと「旨い」を連発している。
「良かった、東国出身の方に気に入っていただけるか心配だったんですよ」
オスカーも嬉しそうだ。
そんな2人を笑顔で眺めていたイチジョウは、入り口のドアに取り付けられたカウベルの音に何気なく目をやった。
「…あれ」
ふと出た呟きに顔を上げたオスカーとササハラが、イチジョウの視線の先を追う。
的になっているのは、店に入ってきた2人の長身の男だった。
「お知りあいですか?」
オスカーが訊く。
「ええ、メインで参加しているパーティのリーダーなんですが…」
イチジョウは2人が席に着くまで眺めてから、料理に向きなおった。


トキオが「とにかく腹いっぱいになるもん」を注文すると、ビアスはトキオが聞いたこともないような名前の料理を注文した。
トキオの注文が大雑把だった為だろう、
「ここにはあまり来たことがないのか?」
水の入ったグラスを引き寄せながら、ビアスが言った。
「初めてだよ。こんなとこあんの知らなかった」
トキオは、店の内装を天井からぐるりと見回した。
「地元民なんだろう?」
「そうだけど、俺んちは城挟んでずっと向こうっかわだから。このへんで知ってんのは、表通りのでかい店だけだよ」
「ふぅん」
ビアスはグラスに口をつけた。

-やっぱ、ところどころ似てんだよな。
一度気付いてからというもの、ビアスの行動や言動の端々がティーカップとだぶって仕方がない。
トキオは、パーティを組んだ頃にティーカップが言った、「好みのタイプは自分自身」という言葉を思い出していた。
そして、「そんな人物はいるはずがないから、正反対のタイプを選ぶ」と続けたことも。
-てことは、一番好きなのは自分に似てるビアス…っつうことになんのかな…
トキオは真正面に置いたグラスを視界の中心に置いて、思いに耽りはじめていた。
-ってもこれは俺の勝手な想像で、結局実際のとこどうかわかんねえんだし、もしそうだとしても何が出来るわけでもなし、んなこと考えてても仕方ねえってわかってんだけどなあ…考えちまうんだよなぁ…俺ってなんでこうなんだろうなぁ…大体、
「何を考え込んでるんだ?」
「ビアスはティーカップのこと好きなのか?」

考えていたことの続きをそのまま口に出してしまった-ということにトキオが気付いたのは、それから3秒後だった。

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