185.本
「あれ、ロイドさんじゃない?」本で埋まった袋を持った右腕で、ヒメマルは出店のひとつを指した。
簡単な屋台の中に、いつものように黒ずくめの服をまとったロイドが立ち、売り物を並べる台上には分厚い本が積まれていた。
「何の本?」
素早く駆け寄ったブルーベルが、早速訊いている。
「料理の本から魔法書まで」
ロイドは呟くように言った。
「ヒメマル、そっちからそれっぽいの探して」
ブルーベルは屋台の右側を指差してそう言うと、自分は左側から本を開きはじめた。
「料理の本も?」
「料理の本も」
ブルーベルは顔を上げずに答える。
ヒメマルは足元に荷物を置いて、目の前の本を手に取った。
「どんな本が欲しいの」
不意にロイドの陰から色白の男が現れて、ブルーベルに話し掛けた。
「肉と野菜を一緒に美味しく摂れる料理の本と、召喚魔法に関係ある本」
言いながらもブルーベルは手を止めない。
目次のページを開いてざっと目を通しては、本を横に積んでいく。
「ここには召喚魔法の本はないよ」
色白の男-バベルが言うと、ブルーベルはやっと顔を上げた。
「でも俺の家にはある」
「売ってくれる?」
尋ねたブルーベルとの目線をはずさないまま、バベルは顔を近づけた。
「ひと晩つきあってくれれば。」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
ヒメマルが持っていた本を置き、2人の間に左手を伸ばして視線を遮った。
「この子、俺の恋人なの。目の前でナンパしないでくれない?」
バベルはヒメマルを一瞥して眉を寄せると、ヒメマルを指差して、
「恋人?」
と、ブルーベルに訊いた。
「まあね」
ブルーベルが答えると、バベルはもう一度ヒメマルを見て、
「…趣味が悪い」
と呟いた。横でロイドが頷いている。
「なんだよ失礼だなー!自分だって変じゃない、種族よくわかんないし、顔色白すぎるし」
ヒメマルが抗議すると、ロイドの右眉がぴくりと上がった。
「本にもよるかな…」
「見てから決めてもいいよ」
ヒメマルそっちのけで、ブルーベルとバベルの交渉は進んでいる。
「もしもーし!」
ヒメマルは2人の間に割って入ると、バベルに背を向けるようにしてブルーベルを抱きかかえた。
「ダメ!」
「なんだよ今更。ひと晩くらいいいだろ」
ブルーベルが真下からヒメマルを見上げる。
「こういう変な人とはダメ!」
「心が狭いね」
バベルはやれやれとばかりに首を振った。
「狭くて結構ですよー。ベル、行こう」
「俺、本欲しいんだけど」
「…」
ヒメマルはバベルに背を向けたままで、顔だけ振り向いた。
「倍の値で買うからさ、召喚魔法の本、売ってくれない?」
「彼がひと晩つきあってくれないなら100倍でも売らない」
「けち!スケベ!」
「ヒメマル、子供みたいだぞ」
「だってさぁ」
ヒメマルは口をへの字に、眉を八の字にした。
「とにかく、本見てからだよ」
ブルーベルはヒメマルの胸に両手を当てて、腕から離れた。
「見せてくれよ」
「うん。ついて来て。ロイド、後はよろしく」
「…」
ロイドは肩で溜息をついてから、頷いた。
「俺もついてくからね」
バベルとブルーベルの間をヒメマルが塞ぐような形に並んで、3人は歩き出した。