183.地下と地上
イチジョウとササハラ、そして"慈愛に満ちたロード"オスカーサードは、死の指輪が入っている宝箱を目の前にして立ちすくんでいた。「なんでここに来るまで気付かなかったんですかね…」
イチジョウが腕組みをして、溜息をつく。
ロードと侍だけのパーティで、罠のかかった宝箱を無事に開けるのはまず無理だ。
ロードではなく、忍者を募集するべきだった。
「とにかく、まずカルフォをかけてみましょう。ものによっては我々でも開けられますから」
オスカーが呪文を唱えはじめる。
ものによっては開けられる-というのは、罠が解除出来るという意味ではない。
呪文等で治療や回復が可能な罠ならば、作動させることを前提に開けることが出来る、という意味だ。
待つ間、イチジョウとササハラは、開けることの出来る罠を想定した。
毒針、ガス爆弾、石弓の矢、爆弾、スタナー、メイジブラスター、プリーストブラスター。
これらは作動させてしまうとダメージを受けたり、麻痺や毒に侵される心配があるが、呪文で回復できる。
問題はテレポーターとアラームだった場合だ。
テレポーターなら大事をとって諦める。
アラームの場合は…宝箱を諦めるか、作動させて再戦闘するかを選ぶことになる。
「石弓の矢のようです。イチジョウさん、念の為にもう一度カルフォをお願いします」
「わかりました」
イチジョウのカルフォでも、結果は石弓の矢だった。
全員Eのパーティなら、誰が開けるか決めるのに少し時間がかかるところだが-
「私が開けましょう、下がっていてください」
そう言って、オスカーは宝箱の前にしゃがみこんだ。
体力が一番多く、装備も一番良い自分が罠の的になるべきだ、と考えたのだろう。
Gならば当然の選択なのかも知れないが、こういう場面において何があろうと自分から進み出ることのないEの感覚に慣れきっているサムライ2人は、思わず顔を見合わせた。
勢いよく飛び出してきた数本の石弓の矢は、オスカーがかざした盾と聖なる鎧に激突して鈍い音をたてると、ばらばらと地面に散らばった。
「すみませんが、持っていただけますか」
オスカーは宝箱から戦利品をすべて取り出して、イチジョウに渡した。
死の指輪すらも自分が持つと言い出すのではないか、と思っていたイチジョウは、
-そこまでボランティア精神に溢れてるわけがないか。
と、小さく笑みをこぼした。
「指輪は私が持とうと思ってたんですが、これを持てるだけ持ってきてしまったので…」
オスカーは、ガラガラと音をたてながら、ザックの中からリング状のアイテムをいくつか取り出した。
「転移のかぶと…、ですか?マロールが使えるという」
ササハラが聞く。
「はい。これで入り口まで戻れば体力も減らないし、マロールもいらないし、遠慮なくティルトウェイトが唱えられるでしょう。一石三鳥です!」
オスカーの朗らかな笑顔に、イチジョウとササハラは口を開けたままで同時に頷いた。
*
「これも」ブルーベルは5冊目の本をヒメマルに手渡した。
「はいはーい」
ヒメマルは片手ではとても持てないようなサイズと重さの本を、手持ちの大きな袋に詰め込む。
袋の中には本の他に同じサイズの袋がもうひとつと、大型のザックが入っている。
今朝方-
「俺もカーニバルに行こうかな…」
ベッドの中でヒメマルの首筋に頭を預け、左の掌で胸板をゆっくりと撫で回しながら、ブルーベルは呟いた。
「行こうよ、きっと楽しいよ」
ヒメマルは嬉々として誘う。
「買い物につきあってくれる?」
ブルーベルは猫のように頬をすり寄せ、ヒメマルの耳たぶを何度も甘噛みした。
「もちろん」
蕩けるような気分で返事をした結果がこれだ。
安い袋ならそろそろ持ち手がちぎれてもおかしくない重さだが、この袋はまだまだ持ちそうだ。
ブルーベルは重い本を入れる為の頑丈な袋を、昨日から既に用意していたらしい。
実は、ヒメマルはパーティで一番の腕力の持ち主である。
このぐらいどうということはないのだが、腕力があるならあるで、その限界まで荷物は増えていくに違いない。
ヒメマルは、夕方頃の自分に早くも同情した。
小さな溜息を聞いて、ブルーベルがヒメマルを見上げる。
「重い?」
「ううん、まだまだ大丈夫だよ~」
ヒメマルは満面の笑みで応える。
「ヒメが馬鹿力で、ほんと助かるよ」
ブルーベルはまた新しい本売りの出店を見つけて、すたすたと歩き始めた。