182.初日(朝)

いつもと違う街の音で目が覚めた。
時計は9時を指している。
ベッドを降りて窓を開けると、ざわめきが肌に直接伝わってきた。
地上4階から180度の視界をぐるりと見回して、朝の空気を大きく吸い込む。
「…っしゃ!」
頭を引っ込め、トキオは着替えはじめた。

昨晩は結局人数が集まらず、そのまま宿に戻ってきた。
今日はグラス以外、どんな連中と組むのか全くわからない。
-気ぃひきしめて行かねえとな。
知らないEに囲まれた状態でミスをすると、どんな非難が飛んでくるかわからない。
とはいえトキオもやはりEなので、非難されたからといって落ち込むわけではないのだが。
*
トキオの泊まっている宿から迷宮入り口のある街外れまでの道は、普段とあまり変わりない。
これが街の中心を横切るようなルートなら、間違いなくカーニバルの誘惑に負けていただろう。
-ティーカップ、今日と明日どっか行くのかな…
何度も考えたことが、ふと頭をよぎる。
他のパーティに参加するのだろうか?
1人でカーニバルを見て回るのだろうか?
ビアスと一緒に…
-ってのがやっぱ一番嫌だな…

街外れに出てしばらくすると、迷宮入り口が見えてきた。
他のパーティの多くも、ここを集合場所にしたらしい。入り口周辺に人の固まりが点々と出来ている。昨夜のギルガメッシュの状態に閉口した連中だろう。

グラスはすぐに見つかった。
一緒にいるのは性別のわからない華奢なエルフ、黒い長髪の優男、長身の-
「げ」
トキオが思わず声を漏らしたのと同時に、グラスが手をあげた。
「よし、これで全員だ。今回は前衛3、後衛2の5人パーティで行く。軽く自己紹介していこう-俺はグラス、ロード」
グラスは自分を指して言うと、トキオに揃えた指先を向けて促した。
トキオは唇を舐めてから、
「俺はトキオ、僧侶呪文が使える盗賊だ」
挨拶した。
「私はヘス、ビショップだ。呪文は全て使える」
エルフが続けて言う。声を聞いても、男女のどちらかはよくわからなかった。
「俺はアンバー、侍だ。魔術師呪文だけは全部OK」
優男は外見通りの軽い雰囲気だ。
最後に、長身のエルフが低い声で言った。
「俺はビアス。ロードだ」
*
クロックハンドは10時に目を覚まし、特にこれといったあてもなく、ぶらぶらと街を歩いていた。皆にはナンパ目的でぶらつくような言い方をしたものの、本格的に相手を探そうという気はない。
当分は1人でいい。
とはいえ1人寝はつまらないので、つきあってくれる友人でも見つけられればラッキーだと思う。

出店でポテトのフライを買っていると、
「あのさ、もしかしてひとり?良かったら一緒に回ってくんない?」
女の子が声をかけてきた。
「いや、連れがおるねん」
「友達?」
「いや、彼女や」
「なーんだ、バイバーイ」
声をかけられたのはこれで3度目だ。
彼女達は、軽く断ると軽く去って行く。
-積極的でええこっちゃ。
クロックハンドは両刀だ。今のコは結構好みだったが、添い寝してくれる友人として女の子を選ぶのは無茶がある。

円形になった広場の中央にある、大きな噴水を囲む石造りの縁に腰を下ろすと、クロックハンドは辺りを見回した。
まだ時間が早い為か、人は多いが混雑しているという風ではない。
-やっぱり、盛り上がるんは夜なんかな。
クロックハンドは、ポテトを半分齧った。

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