181.趣味が悪い
グラス、ロイド、トキオというメンツに変化がないまま集合時間を10分ほど過ぎた頃、ブルーベルではなくヒメマルがやってきた。「はぁ~、やっと見つかった。すごい人だね~」
ヒメマルはトキオの椅子の横に立って、大きく息をついた。
「ベルは?」
トキオが訊くと、
「準備中の出店をもっと見て回りたいから、今日は潜らないってさ」
ヒメマルは肩をすくめた。
「そうかあ」
ブルーベルにとって、古本漁りは宝探しなのかも知れない。
「君のクラスは?」
グラスがヒメマルに尋ねた。
「俺?ロードだよ」
ヒメマルが答えると、
「前衛が足りないんだ。今から一緒に潜らないか?」
グラスは身を乗り出した。
「あ~、興味はあるんだけどね~。他の人と潜るのはベルに禁止されてるからさ」
ヒメマルは本当に残念そうに言って、笑顔を作った。
「ブルーベルの恋人なのか」
ロイドが、喧騒の中でぎりぎり聞こえる程度の声でぼそりと言った。
「そうで~す」
明るく答えてロイドの方を向いたヒメマルは、一瞬だけ真顔になり、すぐにまた表情を緩めた。
「さすが本物は迫力が違うなぁ、ぞくっときちゃった。ロイドさんでしょ?」
ロイドは何も言わずにヒメマルをじっと見つめている。
「あれ?違った?」
「いや」
「やっぱりぃ。ベルがお世話になってます~」
ヒメマルが帽子を取って手を差し伸べても、ロイドは微動だにしなかった。
「…んーと」
ヒメマルは出した手をぶらぶらと泳がせてから頭を掻き、トキオの方を振り返ると、耳元で囁いた。
「この人、いつもこんな感じ?」
「まぁ、あんま愛想いい方じゃねえかな」
「ふ~ん」
ヒメマルはロイドをちらっと見てから、体を起こして帽子をかぶりなおした。
「そんなわけで、ベルはカーニバル中も参加出来ない可能性大なんで。一応、カーニバル中の集合場所を聞いといてって言われてるんだけど」
「店はこんな具合だからな。カーニバル中は迷宮入り口付近で集まるか」
グラスが、トキオとロイドにも聞こえるようにそう言った。
「了解~。それじゃ!」
ヒメマルは軽く帽子を上げると、「はいはい失礼、通してね~」と言いながら人の間を縫いつつ出て行った。
ロイドは、ヒメマルの去った方向を見つめ続けている。
「何か気になるのか?」
グラスが言うと、ロイドは僅かに眉を寄せ、長い指を組んで、
「…趣味が悪い…」
ぽつりと言った。
*
ブルーベルは、ギルガメッシュの扉から少し離れた所にある街灯を頼りに、買ったばかりの本を読んでいた。「迷宮入り口で集合だって」
「ふーん」
人ごみに入っていくのが嫌で、代わりに行かせたヒメマルの報告にも生返事だ。
「部屋に戻ってゆっくり読んだ方がいいんじゃない?目が悪くなるよ」
「もうちょっと」
ヒメマルは小さく肩をすくめて、街灯にもたれた。
「何の本?」
「召喚魔獣の伝承の本」
ブルーベルは本に視線を落としたまま、早口で手短に答える。
「好きだね~」
「…」
返事はない。
「ワードナ倒したら、本格的にそっちの道に進む?」
「つもりだよ」
ブルーベルは本についている紐状のしおりを挟みこんで、ページを閉じた。
「どの本見ても、西の大陸の話が多いんだ」
「そのへんが本場ってこと?」
「多分」
2人は宿に向かって歩き始めた。