180.菜食主義

席を選んで座れる状況ではないからか、いつも夜のメンバーが集まるテーブルには、知った顔がいなかった。
伝言でもないか-とメンバー募集掲示板に向かったトキオは途中でグラスに呼び止められ、運良く椅子に座ることが出来た。

グラスはテーブルにひしめいている料理を指して、
「このへんは全部俺が頼んだものだ、好きに食べてくれ」
と勧めてくれた。
「マジで?んじゃ遠慮なく」
トキオは手近にあった唐揚げの皿に手を伸ばした。
「祭りの準備に追われてる連中が多くてな。今晩はメンバーが満足に集まらんかも知れん」
見回すと、同じテーブルについている11人(!)のうち、トキオが知っているのはグラスとロイドだけだ。
ロイドはフォークを片手に、真剣な顔で手元の皿に乗った牛肉のたたきを見つめている。

「今日潜るのは、グラスと、ロイドと?」
トキオが言うと、
「トキオと。…今のところ3人だけだ」
グラスはトキオを指差して答えた。
「ブルーベルは来るんだろう?」
言われて、トキオは首を捻った。
「どうだろう、聞いてねえわ」
「どちらにしても、前衛が足りないんだがな」
「スリィピーは?」
「今日はゆっくり眠って、明日に備えるそうだ」
「んーじゃ、あのー…キャド。キャドは?」
「キャドはロイドと相性が悪くてな」
「あ、そうなのか」
トキオはロイドを見た。
…まだ牛肉を見つめている。
何か気になることでもあるのかと、トキオはロイドの皿を覗きこんでみたが、特に何の問題も見当たらない。
「ロイドはベジタリアンでな」
グラスが言った。
「…って…確か、狼男だろ?」
トキオはロイドをまじまじと眺めた。
「んで、なんで肉睨んでんだ」
「ベジタリアンの血は美味くないんだそうだ」
グラスは笑った。
「???」
「バベルには吸血嗜好があってな。ロイドは自分の血が美味くなるように、最近は嫌いな肉に挑戦してるんだ」
グラスの言葉を受けるように、ロイドはそっとフォークを肉に突き刺した。
そのまま口の前まで持って来たのはいいが、フォークが小刻みに震えている。

「先生って吸血鬼だったのか」
トキオは半ば納得しながら言った。何か変なムードの持ち主だとは思っていたので、驚きというほどの驚きはない。
「吸血鬼"でも"ある。正確には種族が特定出来ないそうだ。色々混血してるらしい」
「そんな感じだよな」
ロイドがなんとか肉を口に入れた。が、今度は噛むのを躊躇している。
「辛そうだなぁ。美味いのに…」
トキオが言うと、ロイドは肉の乗った皿をトキオに押し付けるように渡した。
「え、貰っていいのか?」
口を押さえたまま、ロイドはうんうんと頷く。
「サンキュー、いただきまーす!」
トキオは二切れの肉をまとめて口に放り込んだ。
「んっ、うま!」
堪能しているトキオの横で、水入りのグラスを手にしたロイドは、一度も噛んでいない肉を流し込んでしまった。

「トキオ、明日からのスケジュールはどうなってる?カーニバル中は潜らないか?」
グラスが訊いてきた。
「いや、最終日は潜らねえつもりだけど、明日明後日はちょっと潜りてえかな」
「なら明日と明後日の午前中から昼過ぎまで、一緒にどうだ?」
「うん、頼む」
「…よし。これで人数が揃う」
グラスは時計を見ながら指折りすると、頷いた。
「グラスは祭り中もずっと潜るのか?」
「そのつもりだ」
「シキが文句言わねえか?」
「言わんさ。振られちまったからな」
グラスは笑った。

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