179.混雑

フロストジャイアントの置き土産は回復の指輪だったので、
前衛で、回復呪文を持たない者…という理由から、クロックハンドが持つことになった。

その他には特筆すべき物は見つからず、パーティが地上に戻ったのは夕刻だった。
落日前のオレンジ色に染まった街では本格的にテントや屋台の設営が始まっていて、人々がせわしなく道を行き交っている。
「いよいよって感じだね~」
ヒメマルはすっかり落ち着きをなくして、あちこちに気を取られている。
辺りを吟味するように見回していたブルーベルが、
「あ」
と小さく声をあげると、準備中の老人に走り寄って行った。
老人の足元には大きな風呂敷が広げられ、その上に古めかしい本が山積みにされている。
「分配は今度にして、今日はここで解散すっか」
トキオはヒメマルの肩を叩いた。
「オッケ、言っとくよ!」
ヒメマルは満面の笑顔で答えると、ブルーベルの元へ走って行った。

残ったメンバーは、空腹と待ち合わせを理由にギルガメッシュに向かうことになった、のだが…
「うわっ」
「なんじゃこりゃ」
「冗談じゃないぞ」
「参りましたね」
店の入り口に立った4人は、ほぼ同時に感想を口にした。
ただでさえ常時混んでいる店なのだが、明らかに普段の倍以上の客が入っている。
いつも置いてある背もたれつきの椅子の代わりに、場所をとらない丸椅子が大量に並べられ、それでも座れない連中が立ったままで食事している。

メンバー募集の掲示板の周りに至っては、黒山の人だかりが出来ている。
店での待ち合わせを諦めた常連達の伝言板代わりになっているのだろうが、半分以上は興味本位で集まっている外国人のようだ。

「他の店行くか?」
トキオが訊くと、ティーカップはうんざりした顔で首を振った。
「僕は早く休みたい。宿でディナーを頼む」
「そんじゃ俺も宿…に戻ってる時間はねえか…」
振り返って街の暗さを確認してから、トキオは唇を舐めた。
「私はここで待ち合わせがありますからねえ」
イチジョウは困ったように笑って頭を掻く。
「ほな、俺はよそ行ってみるわ。お疲れさーん」
クロックハンドは手を振ると、街中へ歩き出した。
「じゃあ、四日後にな」
「あっ、おいっ」
ティーカップが踵を返したので、トキオは慌てて呼び止めた。
「あの、最終日!明々後日。朝10時な。部屋の前で」
「ああ」
片手を軽く上げて応えると、ティーカップは宿へと帰って行った。

「最終日、朝からデートですか」
イチジョウが笑う。
「まぁな」
トキオは照れ笑いで返した。
「イチジョウは祭り中ずっと<死の指輪計画>やんのか?」
「流石に一日くらいは休もうと思ってます」
「やっぱり?」
「せっかくのお祭りですからね」
「だよなー。…」
「…」
「…」
「…」
トキオとイチジョウは、笑顔で腕組みをしたまま固まっている。
視線は人、人、人の店内に釘付けだ。

「…はぁ…嫌だな、こん中入んの…」
トキオが腕組みを解いて、溜息をついた。
「食事するなら立ち食い上等ですね」
「冒険者向けの店に、祭り目当ての外国人がなんで入って来るんだよ」
「ここはここで観光名所なんじゃないですか。この機会に潜り屋になろうと思っている人もいるかも知れませんよ」
「あー、そうか…」
「…。行きますか」
「おう…」
軽く首と肩を回してから、トキオとイチジョウは店へ踏み込んだ。

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