178.視界
地下に降りるまでの話のネタは、やはり「慈愛に満ちたロード」についてだった。「見た感じはどんな人なん?」
クロックハンドが興味をあらわにして訊いている。
「あれえ、クロック、Gが気になるの?」
ヒメマルが意外そうな顔で言った。
「Gは恋愛関係にもくそ真面目で、照れ屋な奴が多いからな。結構おもろいんやで」
クロックハンドがニシシと笑う。
「そういう考え方があったか…」
ブルーベルが感心したように言うと、ヒメマルが困り顔でブルーベルを見た。
「彼はヘテロみたいですけどね。私達の事情を聞いて少し戸惑っていましたから」
イチジョウが笑う。
「どんな風に言ったんだ?」
トキオが訊くと、
「そのままですよ~。家が許さない恋の逃避行の資金集めに力を貸してください。と」
イチジョウはすました顔で答えた。
「えろう美しゅうに言うたなぁ」
クロックハンドが横で笑っている。
「驚いてたろ?」
「考え込んでましたねえ。でも最後には、人それぞれに愛の形がある、頑張ってくれなんて言ってくれましたよ」
「説教を始めるGでなくて良かったな」
迷宮入り口の階段に足をかけつつ、ティーカップが言った。
*
隊列を整えて10階に降り、回廊を歩いてひとつ目の玄室の扉を開く。ほのかな冷気と共に現れたのは、フロストジャイアントの一団だ。
「幸先いいですね」
イチジョウはそう言って盾を構えた。
マカニトの詠唱を始めたブルーベルを除いたメンバーは、すべて防御姿勢をとっている。
力は強いもののブレスも呪文も使わず、マカニト一発で全滅し、高級なお宝を持っていることが多い-そんなフロストジャイアントは、会えて嬉しいモンスターNO.1と言っても過言ではない。
ブルーベルのマカニトで全滅した彼らの持っていたアイテムは、指輪だけだった。
「ただの指輪?」
識別しているブルーベルの横から、ヒメマルが覗き込む。
「…んー…」
ブルーベルはウェスで指輪を磨きつつ、様々な角度から観察している。
「そんで、そのロードはどんな感じなん?」
気になっているらしく、クロックハンドがまたイチジョウに訊いている。
「長い金髪に碧眼で、精悍な顔立ちの人ですよ。女性にはまんべんなく好かれそうなタイプですね」
「長髪か~」
トキオは、そんな会話を耳の端で聞きながら、目の端ではティーカップをちらちらと追っていた。ティーカップはメンバーから離れた薄暗い場所で、両腰に手を当てて暗い玄室内を見回している。
時折、長い耳が僅かに動く。
ブルーベルが識別している間、他のメンバーは大体暇つぶしに会話しているのだが、ティーカップはこうして周囲に気を配っていることが多い。
無謀で行き当たりばったりに見えていた行動も、安全を確信した上でやっていたことなのかも知れない。
トキオは最近、そう思うようになってきた。
「なんだ?」
トキオと目が合ったティーカップが、軽く両眉を上げてそう言った。
いつの間にか見つめてしまっていたらしい。
「え、いや、」
トキオは0.5秒考えてから、
「ほら、お前ってよく暗いとこじっと見てるけど、目ぇいいのかなと思って」
-もうちょっとなんか話の伸びるネタなかったのかよ…
自分で自分の発言にがっかりしていると、
「ああ、君には見えないのか」
ティーカップが歩み寄ってきた。
「?」
トキオがきょとんとしていると、ティーカップはトキオの肩に手を置いて、真っ暗な玄室の奥を指差した。
「あの辺りに人型の生き物が3体いるんだが」
「…全然見えねえけど…」
目をこらしても、そこにあるのは闇ばかりだ。
「それは君がヒューマンだからだ。エルフやドワーフの目は、暗闇にあるものを温度で見ることが出来るのだよ。熱いものは赤く、冷たいものは青く」
「そうなのか!?えっ、そんじゃ、俺の顔とかも赤とか青で見えてんのか?」
トキオが掌で両頬を挟むようにして仰天していると、
「光量の多い所ではヒューマンと同じだ」
ティーカップは笑って首を振った。