175.平気

2人してひとしきり大笑いした後、笑顔のままでダブルは言った。
「ま、引きやすいようにそういう理由を選んでくれたのかも知れねえけどな。…っハァ~」
ダブルは両手の指を組んで、大きく伸びをした。
「欲しかったなぁ、ちくしょう!」
すがすがしい表情のダブルを見て、トキオは思わず訊いた。
「スッパリあきらめちまうのか?」
「笑って引ける状況作ってくれてんだ。食い下がっちゃ台無しになっちまうだろ」
「そりゃそうだけどよ」
トキオはダブルの潔さに感心しながら、対象的であろうミカヅキの反応を想像した。
-クロック、どんな男ならいいってんだ…。

「で、お前の方はどうなんだよ?」
ダブルはトキオに話を振った。
「まあ、ぼちぼち」
「ぼちぼちねえ。んな悠長なこと言ってて大丈夫かぁ?ティーカップ、お前が夜の方で潜ってる間に、あのでかいエルフとよく2人っきりで飲んでるぜ」
「何!?」
「知らなかったのかよ?」
「ぅ…うん」
「稼ぐのもいいけど、油断してっと忍者になる前に持って行かれちまうぞ」
「…で、でもな、俺とつきあってるってことにしていいって言ったんだぜ、あいつ」
「おっ?なんだそりゃ」
トキオは、簡単にいきさつを話した。

「なかなか面白いじゃねえか」
話を聞いたダブルは、腕組みをしてにやりと笑った。
「だろ、だろ?寄って来る奴避けるためにしてもよ、俺のこと嫌いだったらそんなことOKしないよな?」
「どうだかなぁ」
ダブルは意地悪く言うと、トキオに向かって座りなおした。
「ティーカップの性格によるんじゃねえのか?」
「ていうと」
「だからよ。好きでもない奴とおかしな噂立てられても平気なのかも知れないぜ」
「…んなの…俺だったら絶対嫌だぞ」
「お前さんじゃない、ティーカップがどうかって話だ」
「誰でも嫌だと思うけどなぁ」
「わかんねえぞ。実際俺なんかは平気だからな」
「えっ、好きじゃない奴とつきあってると思われるんだぞ。なんで平気なんだよ」
「なんでっつわれてもなあ。平気なもんは平気なんだよ。どうでもいいっつうか…」
「そんじゃあ例えばよ、」
納得出来ないトキオは、身を乗り出した。

「お前がAって奴を好きになったとするぞ。で、お前が好きでもなんでもないBって奴が、勝手に『俺とダブルはつきあってる』って噂を流してる…」
トキオは手元のピーナッツをカウンターに並べながら話す。
「…で、その噂がAの耳に入った…Aは『ダブルはBとできてんのか…』と思っちまう。こんなの嫌じゃねえか!?」
「別に」
「なんでだよー!?」
トキオはピーナッツを両手に握って猛抗議だ。
「Aに告る時にでも、それは事実じゃねえって言やあ済むことじゃねえか。なんならBを連れてきてちゃんと話をさせてもいい。それでもAが噂やBの言うことを鵜呑みにするようなら、そもそも俺とは相性が良くねえってことだろうから、それでさようならだ」
「…えぇ~」
トキオは、カウンターにべたりと倒れこんだ。
「お前みたいにさばけた男前な性格になりてえ…」
「まあまぁ、こういうのは人それぞれだ」
ダブルはトキオの背中を軽く叩いて、カラカラと笑った。
「ティーカップの考え方がお前さんに近いか、俺の方に近いかはわかんねえが、ぬか喜びして油断してる間にかっさらわれちゃあつまらねえだろ?気ぃ抜かねえようにな」
ダブルは、突っ伏したままのトキオの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「ぬか喜びしてた…。頑張る…」
トキオはカウンターに頬をつけて、つぶれた顔のまま情けない声を出す。
「よーしよし。カーニバル中の予定ぐらいは押さえてあんのか?」
「おう!」
トキオは勢いよく体を起こした。
「最終日だけだけどな、今からコース練りまくってんだ」
「そうか、お前さん地元民だったな」
「まず服屋行くんだよ、服屋…」
*
デートコースの調整につきあった後トキオを見送ったダブルは、新しいウォッカを注文すると、小さく溜息をついた。

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