174.ウォッカ
この日の探索は、珍しいモンスターに遭うこともなければ珍しいアイテムが見つかることもない、刺激の少ないものだった。「気ぃ緩みそうや~」
地上に戻り、ギルガメッシュに入ってテーブルに着くと、クロックハンドは大きく伸びをした。
「ほーんと、ぁいたッ」
同意したヒメマルの足を、ブルーベルが横から蹴り飛ばす。
「今日のアイテムは全部売りだから、分配は明日でいいだろ」
ブルーベルの言葉に、メンバーが頷く。
「じゃ、私はそろそろ…」
イチジョウがそそくさと立ち上がった。
「あ、稼ぎに行くのか?」
トキオが声をかける。
「ええ。まずはササハラ君と相談がてら夕食を摂ろうかと思いまして」
「頑張って~」
ヒメマルが手を振ると、イチジョウは笑顔で手を振り返し、店の奥の方へ歩いていった。
「さー俺はメシ食うで~」
クロックハンドがメニューを開いた。
「俺も何か食べようかな」
ブルーベルが横から覗き込む。
「お前はどうする?」
トキオがティーカップに言うと、
「遠慮する。誘われてるものでね」
ティーカップは壁の大時計を見ながら、そう答えた。
「…誰に?」
トキオが訊くと、
「ビアスにさ」
答えたティーカップは例によって手早く荷物をまとめると、あっという間に店から出て行ってしまった。
「お誘いって、高級レストランとか予約してたりすんのかな~」
ヒメマルがのほほんと言う。
「高けりゃいいってもんじゃねえと思うけどな」
口をへの字に曲げたトキオは、ヒメマルの持っていたメニューを取り上げた。
-このへんで高級なとこったら、"マリアの晩餐"か、"ラ・ルナ"あたりか…
メニューを開きながらも、目は字を追っていない。
-そういうとこに誘ってみんのも手だけど、もし今日ビアスと行ってんなら二番煎じになっちまうよな。大体俺高級なとこって入ったことねえし、服とかどんなの着ていきゃいいのかわからねえし、マナーとか全然知らねえし、こういうのって無理したらろくなことになんねえし、でも無理してでも相手の好きそうなとこに行くってのがポイントなのかも…
黙々と考えていると、ぽんと肩を叩かれた。
「まだ食ってねえんだったら、つきあえよ」
見上げると-ダブルだ。
ダブルは、トキオの正面にいるクロックハンドに向かって軽く手をあげた。
クロックハンドはニカッと笑って応える。
「ほれほれ、行くぞ」
ダブルはトキオの荷物を掴むと、カウンターの方へ歩きだしてしまった。
*
「まあ飲め」トキオがカウンターにつくと、ダブルは早速グラスをよこした。
「…これウォッカか?」
クリアな液体をしばし観察してから、トキオはダブルの顔を見た。
濃い肌色の迷彩でわかりづらいが、酔いでかなり赤くなっているようだ。
「俺、まだ潜るからなぁ。おーい、ビール」
トキオは離れた所にいるバーテンに注文をすると、ダブルにグラスを押し戻した。
ダブルはそれを水のように流し込む。
「お前…強いのかも知れねえけど、そういう飲み方良くねえぞ」
「トキオよ」
忠告を無視して、ダブルはトキオの肩を抱き寄せた。
「フラれたのぁ俺だけどな、おめえにも無関係じゃねえから教えといてやる」
やや回りの悪い呂律で言うと、ダブルは回した手でトキオの肩をポンポンと叩いた。
「人間なぁ、いくら頑張ってもダメなもんはダメっつうことがあんだよ」
「???う、うん?」
トキオがよく理解できずにいると、ダブルは更に続けた。
「あいつなぁ、俺のこたぁ見てくれも性格も好きなんだとよ?でもひとーつだけどうしようもねえことがあるってんだぁ、これが…」
トキオはビールに口をつけながら、立てられたダブルの人差し指を不思議そうに眺めた。
「確かにどうしようもねえことでよ…努力してなんとかなるようなことでもねえ…」
伏し目がちなダブルの眼は、沈んだ色になっている。
トキオは思わず口を開いた。
「…そりゃ…何だったんだよ…?」
「…」
大きな溜息をつくと、ダブルは真顔で呟いた。
「チンコでかすぎるってよ」
吹き出しかけたビールが鼻に回って、トキオはしばらく悶絶した。