171.膝枕

「大穴が空いていたのを、30分で仕立て直してくれましたよ。大したもんです」
心地よさに目を閉じたまま、イチジョウは言った。
膝枕と耳かきというのは、全く極上の取り合わせだ。

「あのような職人はそうそうおりますまいな」
ササハラは繊細な動きで耳かきを操る。
「長旅に同道してもらえれば心強いでしょうねえ…」
イチジョウは半ば眠りかけている。
「旅といえば、例の<転移の魔方陣>の件、話が聞けましたよ。ギルドに紛れていた職人がいたでしょう」
「いましたねえ…」
「彼曰く、海を越えることすら出来るそうです」
「海をですか!?」
イチジョウは勢いよくササハラを見上げた。
「いかにも。海を越え、他の大陸に渡ることも出来るのだとか」
突然の動きを予想していたらしく、耳かきを高い位置まで持ち上げていたササハラは、神妙に頷いた。

「とは言え、それなりの料金を要求されるようです」
ササハラはイチジョウのこめかみを撫でるようにして、顔を横向きに戻すように促した。
「…そうでしょうねえ…」
再び頭を寝かせたイチジョウは、腕組みをした。
「一番近い大陸まで飛ぶのに、500万GPとか」
「ごひゃくまん!?」
イチジョウはまた不意に顔を上げた。
ササハラが困ったように眉を寄せ、その顔をやや強引に横向きに倒す。
「危ないですから」
「…む、すまん…」
イチジョウはおずおずと頭を戻してから、
「いや、すみません」
言い直した。
「楽な言葉を使ってください」
ササハラは笑いを浮かべた。
「結構口が悪いんですよ。響きだけでも柔らかくしないと、何を言ってしまうやら」
イチジョウは照れ笑いで返す。
「何を言われても驚きませんよ」
ササハラは耳の中で梵天をくるくると回して抜き出すと、イチジョウの肩に触れた。
「逆の耳を」

「それにしても、500万というのは厳しいですね」
体を反転させ、ササハラの下腹に顔を押し付けるような状態で、イチジョウは言った。
「ですな…。今持っているものを売り払っても、100万に届くかどうか」
「100万なら、どのへんまで飛べるんでしょう」
「大国ふたつみっつだそうです」
「…ううむ…」
イチジョウは唸った。
当初はそのぐらい飛べれば充分だと思っていたが、海を越えられるとなると妥協したくない。
「高価なアイテムをかき集めるしかないですな」
ササハラが淡々と言う。
「高価なものといえば…」
「飛びぬけて高いのは聖なる鎧とムラマサですか。50万GPです」
「うーーむ」
イチジョウは険しい顔になった。

現在パーティにはロードが2人いて、聖なる鎧はひとつしかない。
もうひとつ入手すれば、当然ヒメマルのものになる。
更にもうひとつ入手出来たとしても、売価50万を6人で割れば8万GP程度だ。
それはムラマサでも同じことである。
そして、どちらとも3ヶ月以内に全く見つからない可能性もゼロではないのだ。
ただでさえムラマサ入手後のイチジョウへの割り当て金は少ない。
3ヶ月以内に500万GPを集めるのは、容易ではなさそうだ。

「ふぅ…」
悲観的な皮算用に疲れて、イチジョウは溜息をついた。
「…そういえば」
ササハラが手を止めた。
「ヤズエ殿ですが、後について潜られるようなことはもうなさらないそうです」
「…それは助かりますが…また何で」
なんだかんだと言いながらも、ヤズエを放っておくことが出来なかったイチジョウは、ササハラにヤズエの目付け役を任せていたのである。
「猩々衆とかいう集団がイチジョウ殿の周りに常に何人か居てお守りしているらしい、心配はご無用です。と私が言いますと、ならば大船、大丈夫だと…すっかり安心しておられたご様子」
イチジョウは苦笑した。
-まぁ、これで無用な心配はせずに済むか。

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