170.口実
謝り方を考えていたトキオの歩くペースは、どんどん遅くなっていた。「勝手に恋人ということにしてすまなかった」と謝るつもりだったのだが、許す許さないに関わらず「何故そんな嘘をついたのか」とつっこまれるのは、まず間違いない。
その時に、なんと答えればいいのだろう。
正直に言うならば、
「お前に他の男を近寄らせたくなかった」
ということになるのだが、そう言ってしまうとそのまま告白することになりそうだ。
そんな心の準備は出来ていないし、かといって適当な言いわけも思いつかないのだ。
困り果てながら歩き続けて、とうとう部屋の前までたどり着いてしまった。
-どうしよう…
トキオは腕を組み、ドアとにらめっこした。
-…あ、ここに立ってたらいきなり出てこられた時、
気付いた瞬間ドアが開いた。
ティーカップはノブに手をかけたままでトキオを見た。
さすがに驚いたらしく、目を丸く-とはいかないまでも、普段半分眠っているような瞼がぱっちりと開いている。
「…よ、」
トキオが抜けた挨拶をすると、ティーカップの瞼はいつもの位置に戻った。
「何か用か」
迷惑そうな声色に押されながら、トキオは必死で頭を整理した。
とはいえ対策が見つかっているわけでもなく、結局は単純に謝ることになった。
「…あの、さっきのよ。謝ろうと思って」
「何をだ?」
ティーカップは怪訝な顔をしている。
「さっきギルガメッシュの…エルフとハーフエルフから、なんか、聞いただろ?俺とお前がその、…付き合ってるとか」
トキオは頭に血が昇ってくるのを感じながら、必死で平静を装ってそう言った。
「ああ」
ティーカップは「なんだ」という顔をして、目で頷いた。
「何か勘違いしてるようだったな」
「、そう、それ」
トキオは人差し指を立てて軽く振ると、唇を舐めた。
「そういう勘違いされるのってほら、結構迷惑だろ」
言った瞬間後悔した。
これで迷惑と言われたらへこんでしまいそうだ。
しっかりとリハーサルしなかったことが悔やまれる。
「そうでもない」
ティーカップは、薄い笑いを浮かべてそう答えた。
「え?」
意表をつく答えに、トキオはぽかんと口を開けた。
「別に謝ることはないと言ってるんだ」
ティーカップはノブから手を離すと、入り口の柱に体重を預けた。
「僕は3日に1人のペースで愛を告白されてるんだよ、トキオ君」
言いながら右足を支点にして、長い脚を軽く組む。
「断る口実も尽きてきたところだ。君とそういう関係だということにしておけば楽でいい」
-やっぱさっきのは、スリィピーのこと断る口実に利用されただけだったのか…
予想していたことだが、やはり少々切ないものがある。
しかし、
「んじゃあ、これからもそういうことにしとくか?」
トキオはそう続けた。本人公認の嘘で、寄って来る男(だけではないだろうが)を追い払えるならしめたものだ。
「そうだな。訊かれたらそう答えておいてくれ」
「…」
相手の顔も見ずに断っちまっていいのか?と言いかけて、トキオはそれを飲み込んだ。
余計なことは言わないでおこう。
「用はそれだけか?」
ティーカップは長い前髪をかきあげた。
「ん、うん。そうだ」
トキオは小さく肩をすくめる。
「夜のパーティはどうした?」
「あー…、休んだ」
「そうか」
ティーカップは口元を緩めた。
トキオはこの表情にどうにも弱い。頬を染めながら、
「んじゃ…おやすみ」
言うと、
「おやすみ」
ドアはゆっくりと閉じられた。