167.義務

「今日も夜のパーティに参加するのか?」
クロックハンドとイチジョウ、ヒメマルとブルーベルが席を立った後で、ティーカップが訊いてきた。
「ああ、なんでだ?」
「いや、それならいい」
「なんだよ、気になるじゃねえか」
トキオに袖を握られて、ティーカップは鼻で小さく溜息をついた。
「服を見に行きたいんだろう?」
「えあ?…あっ、ああ、うんうん」
トキオは何度も頷いた。
「まだ日が高いから、今から行こうと思ったんだが」
「おおっ!行こうぜ」
トキオが声を躍らせると、ティーカップは手首を返すようにひらりと振った。
「買い物に時間制限があるのは好きじゃない」
「…あー…」
― それで、夜の予定訊いたのか。
トキオは頭を掻いた。

「他の日にしよう」
ティーカップが荷物をまとめはじめたので、トキオは慌てた。
「あの、いつにするか決めとこうぜ?」
「…ふむ」
ティーカップは椅子に座りなおして腕と脚を組み、宙に視線を泳がせた。
「…そうだな…、近いうちにカーニバルがあるだろう?」
「カーニバル?って、あれ?もうそんな時期か!?」
トキオは驚いて口元を押さえ、反射的にカレンダーを探した。
カウンターの奥にかけてあるのがわかったが、遠くてよく見えない。
今まで、初秋のカーニバルを忘れたことなど一度もなかったのだが、どうも転職以降、日数や曜日の感覚が鈍っているようだ。

「ここのカーニバルは、何日か続くらしいな?」
どこから情報を仕入れたのか、ティーカップはそう言った。
「三日ぶっ続けだ」
「そのうち一日くらい、探索は休みにしてもいいだろう?」
「そうだな、みんなも楽しみたいだろうし」
「ならその休みの日、カーニバルの見物がてら服屋にも行こうじゃないか」
「…えー…と…」
トキオは少し考えてから、
「んじゃ…祭りも、俺と…てことか?」
ティーカップの表情を窺うように訊いた。
「外国人が無駄なく楽しめるように気を配るのは、地元民の義務だ。案内したまえ」
「っ、ああっ、任せとけ!」
トキオは顔じゅうに喜びを弾けさせながら、大きく頷いた。
「それじゃあ、段取りをしておいてくれ」
ティーカップは、荷物を持って立ち上がった。
「宿に帰るのか?」
「いや」
そっけなく言ったティーカップは、テーブルからあっという間に離れて見えなくなってしまった。

1人残ったトキオは、肩の力を抜きながら大きく息をついた。
自分のジョッキを両手で包んで、残り少ないビールに目をやる。
― …デート、だよな?
笑いがこみ上げてきた。
服のことをネタに、買い物に誘い出せただけでも充分嬉しかったのだ。
まさかカーニバルまで一緒に行くことになるとは…。
― 計画立てるぞー!!
椅子の上に立って、大声で叫びたいぐらいの気分である。
緩む顔を両手で押さえて我慢していると、
「ト~キ~オ~~」
ダレた声と共に、跨るようにして誰かが膝に乗ってきた。

「なにニヤけてんだよー?」
大きな青い眼が至近距離から覗きこんできて、それがシキだとわかるのに少し時間がかかった。
「いや、ちょっといいことがあってよ」
トキオが弾む声で言うと、
「へー」
シキは興味のなさそうな低いトーンで返してきた。
トキオは全く気にせずに、明るい口調で続ける。
「あのよ、ティーカップとな。ほらあのエルフ。あいつとな、今度…」
「聞きたくねっ」
シキはプイッと顔を横に向けた。頬がふくれている。
「…なんだ、グラスとケンカでもしたのかよ?」
「…」
シキは視線を落としてしばらく黙っていたが、
「…別れようと思ってんだ、もう」
トキオの首に両腕をまわし、抱きつくようにして体を預けてきた。

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