166.カシューナッツ

「どちらを選ぶか、まだ決まってないみたいですね?」
イチジョウは、隣を歩くクロックハンドに言った。
「そやねん。困るわー」
クロックハンドはアヒル顔になって答える。

背中の破けた服を捨てて新しい着物を羽織ったイチジョウと、壊れた兜を小脇に抱えたクロックハンドは、2人で街中の武具店へ向かっていた。
一度はボルタックに持って行ったのだが、東洋風にアレンジされたイチジョウの鎧に法外な修繕費をふっかけてきたので、アレンジしてくれた元の店に行くことにしたのだ。
クロックハンドは暇つぶしも兼ねて、ついてきたのである。

「究極の選択ですからねえ。悩んで当然ですよ」
「そやねんけど…ここんとこ色々考えとったら、ようわからんようになってきてな」
クロックハンドは兜を両手で掴んで、弄びはじめた。
「俺は豆類全体的に好きやねんけど、カシューナッツが一番好きなんよ」
「…はい」
言われた直後は意味がわからなかったが、たとえ話だということに気付いたイチジョウは、神妙に相槌を打った。
「せやけど、ピスタチオとピーナッツを並べられて、どっちかにせえ!て言われてるような気がしてきたんやわ」
「ははぁ…」
イチジョウは顔をあげ、ゆっくりと二度頷いた。
「…どちらも好きだけれど、一番好きなカシューナッツではない、と…」
「贅沢やで、わかってんねん。2人ともめっちゃええ男や。俺がこないして批評するような言い方するんも、なんちゅうか…2人に失礼やと思うてるんや、ほんま」
クロックハンドはそこまで強い口調で言ってから、溜息をついた。
「せやけどそういう感じなんや」

「それじゃ、カシューナッツに成りえるのは、具体的にはどんな人です?」
イチジョウは明るい声で訊いた。
「それがな~、考えてみたんやけど、ようわからんねん」
「前に言ってた、頼りがいのある兄貴のような人というのは?」
「基本的にはそのへんやと思うねんけど」
「私には、ダブル君はそういうタイプに見えますが…」
「…そう、やねんけど」
クロックハンドは下唇を噛むようにして、遠くを見た。
「…ダブルは…あかん」
「…?」
疑問を乗せたイチジョウの視線を横顔に受けて、クロックハンドは呟いた。
「俺じゃあかん」
「…、」
イチジョウは、意見しようと開きかけた唇を結び直した。
これがトキオなら、何を尻込みしているのかと発破のひとつもかけるところだが、クロックハンドの場合は、自信がないから付き合えない云々というわけではなさそうだ。何か思うところがあるのだろう。そこに突っ込んだ話をするのは、野暮かも知れない。

「ということは、」
イチジョウは腕を組んだ。
「とりあえずミカヅキ君の所へ戻るということで、一件落着じゃないんですか?」
「んー」
クロックハンドは、唸るように声を絞り出した。
「ミカヅキんとこ戻るんもやめて、カシューナッツ探そうかなーとか思うたりも、してるんやなー」
「…そうか…」
イチジョウは目を閉じた。
どれだけ好かれ、尽くされていても、何かが違う、何かが足りない…という感覚は何度か経験したことがある。わからないでもない。

「ササハラて、イチジョウのカシューナッツ?」
クロックハンドがアヒルの笑顔で訊いてきた。
「多分」
反射的に答えが口をついて、イチジョウは自分でも少し驚いた。
「ええなあー。どういうとこが好き?」
「そうですねえ…強引なところや…肝が据わってるところや、可愛いところ…」
「可愛いん!?」
「可愛いですよ」
イチジョウは頬を緩めた。
「どない可愛いん?」
クロックハンドは興味津々という風情でイチジョウに注目している。
「のろけていいんですか?」
「遠慮せんとって」
「それじゃ、ええと―」
イチジョウは腕を組みなおして、空を仰いだ。
「深酒すると暴れたり…寝相が悪くて朝は必ずベッドから落ちてたり…、………」
「どないしたん?どんどん言うてくれてええで」
「赤裸々な方面に入っちゃってもいいですかね?」
「遠慮せんとって」
「えー…、その気になったらすぐ腰を…」

イチジョウの惚気は、30分後に店に到着するまで続いた。

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