164.悪魔(2)

パーティはワンダリングモンスターと出くわすこともなく、先程の扉の前まで戻ってくることが出来た。

「ヒメマル」
ティーカップが振り向いて、腰のサーベルを鞘ごとヒメマルに差し出した。
「オッケ~」
すぐに意を汲み取って、ヒメマルもカシナートを腰から外す。
「さ~、何が出るかいな~」
クロックハンドが首を回している。
「これで盗賊がいたら笑えますね」
イチジョウが笑顔で言う。
「ひゃはは!思わずボコボコにしてまうわ」
クロックハンドは笑い返した。

ティーカップは少し離れてカシナートを二、三度振り回してから、隊列に戻ってきた。
「じゃあ、開けるぞ」
パーティが頷くと、扉はゆっくりと開かれた。

果たして―

先程のものと同じ個体かどうかはわからないが、グレーターデーモンは、未だ扉の向こうに存在していた。
2体。
他にモンスターはいない。
前衛の3人は、素早く散開した。
ヒメマルが呪文の詠唱をはじめる―ティルトウェイトだ。呪文無効化能力は高いが100%ではないということに期待して、駄目元で唱えているのだろう。
ブルーベルは様子を見ているのか、まだ沈黙している。
トキオは散らばった前衛3人に目を配った。
相手はグループ攻撃呪文を使う。誰かに何かあれば、すぐにマディを唱えなければならない。

グレーターデーモンAの巨木のような腕が、その体躯に似合わぬスピードで、イチジョウに向かって振り下ろされてきた。
イチジョウはすれすれの距離でそれをかわすと、素早く懐に飛び込んだ。
ムラマサの刃が、デーモンAの脚を縦方向にばっくりと切り裂く。
激痛に咆哮をあげるデーモンAの脇腹にティーカップのカシナートが食い込んだ。
急所に入ったのか、絶命して倒れてくるデーモンAを避けたイチジョウの背を、デーモンBの鋼鉄の槍のような爪が深く抉った。

背中から激しい血飛沫をあげながら、イチジョウは崩れるように膝をつき、ぐしゃりとうつ伏せに倒れた。麻痺が入ったのか、動けないでいる。
「クソが!!」
叫んだクロックハンドがデーモンBに飛びかかった瞬間、突然爆音が鳴り響き、光と炎が辺りを包んだ。
「…効かないか」
ヒメマルはそう呟くと、サーベルを抜き放って前衛に踊り出た。

トキオは、血まみれになって倒れているイチジョウに駆け寄って抱き起こし、素早くマディを唱えた。
「…ゲホッ!」
イチジョウは大量の血を吐き出すと、口の周りを袖で拭った。
「いけるか!?」
トキオは肩を貸して、イチジョウを立たせる。
「つっ、…大丈夫だ」
痛みが残っているのか、イチジョウは一度顔を顰めてから答えた。
「麻痺までぶちこみやがって」
口内に残った血を唾のように吐き捨て、イチジョウがトキオから離れようとした時、急激に周囲の温度が下がった。
「う!?」
「ぐっ!!」
無数の刃で貫かれたような衝撃が全身に走り、トキオとイチジョウは床に転がった。
デーモンBがマダルトを唱えたのだ。
トキオは身体を起こして、半ば無意識にティーカップを探した。
「彼なら自分で治せる、今マディをかけるならベルだ」
目を泳がせるトキオにイチジョウはそう言って、自身の為にマディを唱えはじめた。

トキオは立ち上がり、ブルーベルの元へ走った。
ブルーベルはクロックハンドにディアルマをかけ終えたところで、回復したクロックハンドは再びデーモンBに飛びかかっていった。
「お前の方が体力少ないんだぜ」
トキオは、ふらつくブルーベルの肩を抱くようにしてマディをかけ、デーモンBに目をやった。

デーモンBの腕が、横なぎにクロックハンドを襲う。
高く跳躍してそれを避けたクロックハンドは、そのまま空中で前方回転し、躯を大きくしならせた。
叩き落そうとするデーモンBの腕を、ティーカップのカシナートが切り捨てる。
「あぁりゃ!!!」
気合と共に、クロックハンドの体重すべてを受け止めた手裏剣が、デーモンBの喉から腹にかけて巨大なクレバスを描いた。
*
グレーターデーモンの死骸は、絶命して数分すると塵のようにかき消えてしまった。
「やっぱり、召喚されて来てるのか…?」
ブルーベルが、何もなくなった床を見つめて呟いた。
「ひゃー、えらいことになっとるわ」
背中側が3本の爪の形に裂けているイチジョウの鎧を見て、クロックが声をあげる。
「死んだと思いましたからね」
イチジョウは自分では見えない背の状態を気にして、首を後ろに捻っている。
「とりあえず、一旦上がるか」
宝箱に入っていたアイテム2つを取り出すと、トキオは天井―地上を指差した。

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