162.四番目
「というわけで、皆さんも何かいい手を思いついたら教えてもらえませんか。お願いします」事情を説明し終えたイチジョウは、そう言って深々と頭を下げた。
「なんちゅうか、四面楚歌やね」
クロックハンドが気の毒そうにイチジョウを見た。
「腕のたつ連中に人数でこられちゃどうしようもないよな…」
トキオも腕組みする。
「なんとかなるんじゃな~い?」
片手で頬杖をついたヒメマルが、能天気なトーンで言った。
「何かいい手がありますか!?」
イチジョウが身を乗り出す。
「へっ?ううん、全然思いつかないけどー。でも前向きに考えた方がいいと思うよ?なんとかなるな~る」
ヒメマルは笑顔で言うとブルーベルの肩を抱き寄せ、青い髪にキスをして、鼻歌を歌いはじめた。
「今、ヒメちゃんの目には世界がバラ色に映っとるから…」
クロックハンドがイチジョウの肩をぽん、と叩く。
「何かいい手、ねえかな?」
トキオは隣のティーカップに振った。
「…大人数の手練れに監視されてるのなら、正攻法ではどうしようもない」
ティーカップは髪をさらりとかきあげた。
「トリッキーにいくしかないだろう。なら、頼るべきは魔法だ」
「あ」
ブルーベルが顔を上げて、歌い続けているヒメマルの口を手で塞いだ。
「転移の魔方陣」
続けた言葉に、ティーカップが頷く。
「なんや?どういうこと?」
アヒル顔になったクロックハンドと一緒に、トキオもブルーベルを見る。
「その腕輪作った工房に、一瞬でこの街まで戻れるような魔方陣があるんだろ?」
ブルーベルはイチジョウの"村正封じ"の腕輪を指して言った。
「ええ」
「そうそう」
イチジョウと一緒に、ヒメマルも応える。
「その工房なら、金を積めば、もっと遠くまで一瞬で飛べるような魔方陣を作ってくれるんじゃないか」
「…なるほど!」
イチジョウの表情がぱっと明るくなった。
「国ひとつぶんも飛べば、当分撒ける…」
「問題は、本当に作れるかどうか、作れるとしてどの程度の距離が稼げるのか…というところだな」
言いながら、ティーカップは足を組んだ。
「いや、ありがとうございます!早速ササハラ君に調べて来てもらいます、ちょっといいでしょうか」
メンバーの同意を得て、イチジョウは席を立った。
「せやけど、どこまで逃げたら追いかけんのやめるんやろなぁ。ええとこの坊ちゃんは大変やね」
クロックハンドがピーナッツを口に放り込む。
「…」
トキオがティーカップをちらりと見ると、目がばっちりと合ってしまった。
「なんだ?」
「あ、うん、…」
トキオは手元のビールで軽く喉を潤して、ひと息ついた。
「…お前もさ、でかい家のお坊ちゃんなんだろ。婚約者とか、後継ぎ問題とか…そういうの、ねえのか?」
実は、ずっと気になっていたのだ。
ティーカップは「ああ」と小さく声を出した。
「兄がもう家を継いでるからな。長兄に何かあっても次兄がいるし、姉も結婚して子供がいる。僕が家に縛られることはまずない」
トキオは一瞬言葉を失い、
「…え!?」
驚きをあらわにして問い返した。
「…、…お前、…兄ちゃんと姉ちゃん、いんのか?」
「何かおかしいか?」
「…いや、なんか…意外だったんで」
無意識に-というより勝手に、ひとりっ子だと思い込んでいた。
「もしかして、末っ子か?」
「…ああ」
「へ~…」
トキオは、まじまじとティーカップを見つめなおした。
-兄貴や姉貴に可愛がられてたから、こういう性格になったのかなあ。
やっぱり似てんのかな。
ガキの頃は「お兄ちゃん」とか呼んだりなんかして、甘えたりしてたのかなあ。
可愛かったんだろうなぁ。
<末っ子>という情報ひとつから色々なことを連想したトキオの頬は、すっかり緩んでいる。
-と、
「トキオ…」
ティーカップが、真剣な瞳で見つめ返してきた。
「…なんだ?」
思わず"兄貴"の声で返事をすると、ティーカップは眉を寄せた。
「そのだらしない顔はやめた方がいいぞ」