157.頭領

食事を終えたトキオは、グラス達のテーブルに向かった。
メンバーはほとんど昨日と変わらず、グラス、ビオラ、スリィピー、ロイド…
「ありゃ?先生」
そこにバベルの姿を見つけて、トキオは間の抜けた声を出した。

「知ってるのか、なら早いな。今日はブルーベルの代わりにバベルに入ってもらう」
グラスが説明した。
-ベルは休みか。まあ、たまにはのんびりしねえとな。
トキオは少しほっとした。
なんだかんだ言っても、細い身体で無理をしているような印象があったのだ。
「バベルはビショップで、全ての呪文が使える。それじゃあ、行くぞ」
簡単に紹介を終えると、グラスは立ち上がった。

「はぁ~あ」
迷宮入り口までの道を歩きながら、トキオの横でビオラが何度目かの溜息をつく。
ブルーベルがいないのが余程不満らしい。
「あのさぁ、トキオ」
突然甘ったるい声で親しげに話しかけられて、トキオは一瞬戸惑った。
「、なんだ?」
「ブルーベルの彼ってさぁ、どんな奴?」
ブルーベルに恋人がいるということは、聞いていたらしい。
ふてくされているのと、拗ねているのがないまぜになったような声だ。
トキオは顎に手をあてて、視線を上げた。
「えーと…ロードで。背は俺と同じくらいだけど、もっとスマートだな。あと、派手な服が好きで…性格はフレンドリーだ」
「顔は?いい男?」
「んー、いい男っつうか…整ってるな」
「あーーあ、もう。やんなっちゃうよ。なぁ、スリィピー?」
ビオラは大きな声で毒づいて、前を歩くスリィピーに声をかけた。
「全くだ。先にパーティを組まれただけで大損だよ」
スリィピーの返事には明らかに厭味が含まれていたが、それに気付かないトキオは、単純に思いをめぐらせた。

-そっか。パーティ組むってのは、出会いのきっかけにはピッタリなんだよな。
頻繁に顔を合わせる上、緊迫した事態を含む様々な場面での行動を見られるから、性格もよくわかる。
思えば、ティーカップに訓練所で初めて会った時は、そのあまりに自分本位で好き勝手に見える行動に、良い印象は全く持っていなかったのだ。
それぞれ別々のパーティを組んでいれば、話すこともなかったに違いない。
-何がどうなって、こんなに好きになっちまったんだかなぁ。

迷宮入り口に着くと、前衛と一緒に歩いていたバベルが一歩引いて、トキオの横に並んだ。
-と同時にロイドが振り向き、バベルの両肩を抱いたかと思うと、あっという間にキスをした。
トキオは、前衛位置に戻るロイドの後姿と、何事もなかったかのようなバベルの横顔を、交互に何度も見比べた。
「ロイドは先生に夢中なんだ」
ビオラの説明を聞いてもう一度バベルに目を向けたトキオは、初めて彼の笑顔を見た。
*
昼間は賑やかな広場だが、訓練所の門が閉められて30分もすると、すっかり人気がなくなる。

訓練所から広場へ続く浅い階段に腰掛けていたイチジョウは、時間通りに現れた予想通りの人影を認めて、苦笑した。
真っ赤な衣に身を包み、目元以外も全て赤い頭巾で覆われた、眼光鋭い男。
赤い忍者といった風体である。

イチジョウは例の赤い葉を、指先につまんで振って見せた。
「…お前は頭領か?」
赤装束の男は、ただ頷く。
イチジョウは、視界にある様々な遮蔽物を眺めた。
「何人連れてきてるんだ」
「さて」
男は短く答えた。

イチジョウは郷里での見合いの折にも、この装束の男を何人か目にしていた。
「我が家を守る"猩々衆(ショウジョウシュウ)"でございます。よく尽くしてくれます」
そう言った梗花の声が、生々しく耳に蘇る。

-…参ったな。
彼らの腕前のほどは知らないが、並でないことは間違いないだろう。
それが大人数で来ているとなると-到底逃げ切れるとは思えない。
平静を装うイチジョウは、内心で滝のような冷や汗をかいていた。

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