154.出る

迷宮の入り口に向かって歩くパーティの後ろを、初老の男がついて来る。
溜息をひとつついてから、
「後をつけてきてどうするんだ」
イチジョウが振り向いた。
「ヤズエが側におりながら正親様にもしものことがあっては、母上様に申しわけが立ちません」
初老の男は、イチジョウを見据えて渋い顔で言う。
「俺はもう、お前に守ってもらうような身ではないよ」
イチジョウは歩みを止めずに答える。
「そういった慢心こそが怪我のもとなのです」
「わかったから戻れ、邪魔だ」
「またそのような物言いをなさる!」

後ろから来る男とイチジョウのやりとりに何度か目をやってから、トキオはティーカップの横に並んで声をかけた。
「大丈夫か?」
「何がだ?」
「いっぺんにジョッキ飲み干しちまって」
「ああ、そんなことか」
「お前が酒強いのはわかってるけど、朝イチだし…なんせ、一気は良くねえぞ」
「君は小姑みたいだな」
「…」
「人の心配より、自分はどうなんだ」
「俺?」
「大したスキルもないのに、パーティの掛け持ちなんか出来るのか?」
「…んー、まぁ。体力はあるからな」
「大切なのは集中力と精神力だ」
「…、そうだな」
トキオは軽く唇を舐めると、ティーカップの横顔を眺めた。
「あの…」
「うん?」
「心配してくれてんのか?」
「…」
ティーカップは横目でトキオを睨みつけた。

「な…なん。なんだよ?」
慌てるトキオを一瞥してから睫毛を伏せ、呆れたように首を振ると、ティーカップは早足で歩きはじめた。
「ちょ、なぁ。なんで怒るんだよ」
トキオは、先を行こうとするティーカップの掌を掴んだ。
「…」
歩幅を縮めたティーカップは、軽く溜息をついてからトキオの方を向いた。
「君は灰になった時、誰に蘇生を託すんだ?」
「へ」
トキオは目を丸くした。
「他のパーティにいる時に死んで、灰になったら、誰に最後の蘇生を頼むんだ」
「…えっと…」
考えたこともなかった。
が、あのミカヅキですら経験したことだ。
そういう事態は充分起こり得る。
出来れば…
「僕は引き受けないからな」
見透かしたように言われて、トキオは言葉を飲み込んだ。
「…なんでだよ」
「化けて出られたら迷惑だ」
「お前に頼ん…その。とにかく、化けて出たりゃしねえよ」
「出る」
「なんでお前が断言すんだよ!?」

「なんやら、仲良うやっとるな」
クロックハンドは手を繋いだままで口論(?)している2人の後ろ姿を見て、アヒルの笑顔で呟いた。
「いいね~。俺達も手ぇ繋ごっか」
ヒメマルが笑って、同じように顔を綻ばせているブルーベルの手をとった。

「勝手にしろ!」
一喝するような強い声の後で、イチジョウが追いついてきた。
「全く」
声も表情も随分と険しい。
「あのおっちゃん、ついてくる気なん?」
「ああ」
「1人で?危ないなあ…」
ヒメマルが心配そうに後ろを振り返る。
「マロールで飛んだ時点で諦めるだろう。あれでも1階のモンスターにやられる男ではないから、放っておけばいい」
イチジョウは額に手をあてて深呼吸してから、照れくさそうに笑った。
「…ですよ」

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