153.露出
朝、集合時間3分前にギルガメッシュに入ると、イチジョウとクロックハンドが先にテーブルについていた。「おはよー」
「おはようございます」
「よっす」
トキオは席についてビールを注文すると、クロックハンドを眺めた。
「えらくおとなしいナリになったな」
クロックハンドは髪を以前のようにばっさり切り落とし、暗いブラウンの長袖Tシャツを着ている。
「悩んだんやけどな、今回はシンプルにいってみようと思て。下もハイレグはやめてやね…」
言いながら、クロックハンドは立ち上がった。
長めのシャツの下からは、極端に丈の短い半ズボンと、太腿がのぞいている。
ハイレグよりはマシかも知れないが、後ろから見れば下尻のラインがはみ出ているに違いない。
「このパンツ、上の方も短いんやで」
クロックハンドはシャツの裾をめくって見せた。ズボンのベルト通しは、ヘソよりだいぶ下にある。腰で穿くというやつなのだろうが、それにしても位置が低い。
トキオは、自分が穿いたら下の毛が"こんにちは"するのは間違いなさそうだと思った。そういえば、前に見た時-しっかり見たわけではないが-クロックハンドの体毛は薄かった。ような気がする。
「で、後ろはこんなんなってます」
クロックハンドはTシャツをまくりあげたまま、くるりと後ろを向いた。
「…」
ズボンは尾てい骨より低い位置にひっかかっていて、尻の割れはじめ…が。見えている。
「刺激強すぎるぞ。それで短いTシャツ着ないでくれよ」
トキオは少し照れながら、振り向いたクロックハンドに向かってシャツの裾を下ろすようにジェスチャーした。
「なんでえな、ヘソ出しピチTも着てみようと思うてたのに」
「ヘソ以外も出すぎだよ」
「せやろか」
クロックハンドがアヒルになって、しぶしぶTシャツを下ろしている所へ、
「クロック、か~わい~い」
遠くから声が飛んできた。
見ると、店の入り口からヒメマルがこちらに向かって手を振りつつ近づいて来ている所だった。
「そやろ、ええやろ?」
クロックハンドがニカッと笑う。
「いいよいいよ、超キュート!」
ヒメマルは親指と人差し指で輪を作って、OKサインを出した。
「あれ、今帰ったんですか?」
ヒメマルが昨日と同じ服を着ているのに気付いて、イチジョウが尋ねた。
「そうなんだよ~。例の工房、真夜中になってやーっと着いてさ。すぐ帰ろうと思ったんだけど、初めて挑戦する作品だから色々質問したいし、出来る限り居てくれって言われちゃって」
「寝不足じゃねえのか?大丈夫か?」
「うん、工房の中の部屋借りてちゃんと寝てたから。たまに起こされたけど、なんだかんだ言って9時半までは寝てたからね」
「何を注文したんですか?」
「んっふっふ。あのね。"超カッコ良くなる為の、オーダーメイド・スペシャル・マジック・ドレス"!」
ヒメマルは目を閉じると、両襟を指先で掴んで得意げなポーズをつけた。
「鎧にプラスして防御力が上がるような服か?」
トキオが訊くと、ヒメマルはきょとんとしてから頭を抱えた。
「しまった~、そういう追加効果つけてもらったら良かった~!!」
「ほな、普通の服なん?服屋で作ってもろたら良かったんちゃうの?」
クロックハンドが不思議そうな顔で言う。
「ううん、普通の服じゃないんだ。自動的に体にフィットする服なの。投げたらひゅっと体に装着されるんだ」
「なんか意味あるん?」
「変身するみたいでカッコ良くない?」
「おもろいとは思う」
「まぁ、急いでる時なんかは便利かもな」
トキオが笑っていると、ブルーベルが店に入ってきた。
いつも肩を出していることが多いのだが、今日は珍しくハイネックの服を着て、手袋も着けている。上から下までタイトなデザインと黒で統一されていて、露出しているのは顔だけだ。
「なんやぁ、俺こんなに出してるのに、隠してるベルちゃんの方が色気あるやんか」
クロックハンドがまたアヒルになって、にょっきりと露出している太腿をさすりながら呟いた。
「おはよう。お帰り、ヒメマル」
笑顔で挨拶するブルーベルの横顔を、イチジョウがちらりと伺う。
声のトーンに、僅かに気だるさを感じたからだ。
「ただいま」
ヒメマルは、ブルーベルの額にキスをした。
「服はどうだった、作れるって?」
「うん。作ってみせるってさ」
ブルーベルがヒメマルの横に座ると、トキオの頼んでいたビールがやっと運ばれてきた。
「おー、遅かっ…」
手を伸ばしたトキオの目の前でジョッキが浮いた。
行き先を見上げると、 …ティーカップが一気に飲み干す所だった。
「…お前…そんな」
トキオは、待っていたものを横取りされたことより一気飲みが心配で、思わず声を出した。
「何をのんびりしてるんだ、行くぞ!」
空のジョッキをドンッ!とテーブルに置き、マントを大きく翻すと、ティーカップは店の入り口に向かって大股で歩きはじめた。