152.寛容

「あん?…ああ、なんだ、久しぶりだな」
午前0時を過ぎて部屋をノックされ、しぶしぶ扉を開けたキャドは、久々の客に笑顔を見せた。
「この部屋に忘れ物してるみたいなんだ。入っていいだろ」
そっけなく言うと、ブルーベルは返事を待たずに部屋へ入った。

「これくらいの小さな袋なんだけど。黒いやつ…見たことないか?」
両手で小ウサギほどの大きさをかたどりながら、ブルーベルが室内を見回す。
「さぁな。見たような見てないような」
キャドは煙草に火を点けると、椅子に腰掛けた。
ブルーベルは、おかしいな、と呟きながら、カーテンの下や棚の中を探しつづけている。
キャドは、それを見ながらのんびりと煙を吐いた。
「結局、あいつと付き合ってんのか?」
「あいつって?」
「ほれ、あの…ヒメマルだったか」
「ああ。そうだよ」
「好きな時に好きな相手と寝たいんじゃなかったのかよ」
「彼はそのへん寛容でね」
キャドは苦笑いした。
そんな変わり者は、グラスぐらいだと思っていた。
「むこうの部屋、探させてもらうよ」
ブルーベルはベッドルームに入って行った。

キャドはブルーベルの後からゆっくりとベッドルームに向かい、入り口の柱にもたれかかった。
「そんな大事なものなのか?」
「そうでもないけど、ある方がいい」
ブルーベルは四つんばいになってベッドの下を覗き込んでいる。
「探しといてやるから、ゆっくりしていけよ」
キャドは体を起こしたブルーベルの腰を、空いている左腕で後ろから抱き寄せた。
「ゆっくりしてもいいけど、あんたと寝る気はないよ」
「飽きたか?」
「別に」
「じゃあ何だ?あいつは寛容なんだろ?」
「ロイドが嫌がる」
「…ロイド?」
キャドはゆっくりと腕を離した。

「昼間にいつものパーティと組んで、夜はロイドのいるパーティに入れてもらってるんだ。あんたの臭いがすると、ロイドが落ち着かないんだってさ」
言いながら振り向いて、ブルーベルは僅かに狼狽した。
キャドの目は、暗く真剣なものだ-が、口元は歯軋りするように-笑っている。
キャドは手近の壁に擦り付けて煙草の火を消すと、ブルーベルの胸倉を掴みあげ、そのままベッドに放り投げた。
-適当なウソついとけば良かったかな。
ベルトに手をかけているキャドを見上げながら、ブルーベルは少し後悔した。
ロイドの名前は、予想以上にこの男の神経を逆撫でしてしまったらしい。
キャドは、ブルーベルのシャツを剥ぎ取るように脱がせると、両手首をベルトでまとめてベッドに固定してしまった。
-ビールいっぱい買って帰らなくちゃ…
下着に手をかけられた所で、ベルは目を閉じた。
*
「うわー、高~い!」
真夜中になってやっと工房に到着したヒメマルは、見積もり額に目を剥いた。
「ここは何かと安いっていうから来たのに~。もうちょっとまからない?」
「無茶言わないで欲しいねぇ、これでも大まけしてんのよ?」
交渉を持ちかけられた職人は、ペンと見積もり表を持って大袈裟に困った顔を見せた。
長身で端正な顔立ちなのだが、女性的な動き、女性的な話し方をする男性だ。
いつも行く美容院の店員と同じような人種だと思う。
ヒメマルはこの手の男は嫌いではない-というよりむしろ、親近感を持っている。

「まあ、とりあえず初めて作る品物だから?高めに見積もってるっていうかぁ」
職人は、語尾のアクセントが疑問形のように上がるクセのある言葉を時折混ぜながら、ノートサイズの見積もり表に何かを書き込んでいる。
「このくらいはね?返せると思うんだけど」
「これ以上になることはない?」
「ないでしょ。最高で?このくらいかかるってお値段を出してるからね」
職人は、最初に出した金額をペンの先でトントン叩く。
「それじゃ、お願いしようかな」
「オッケー。カウンターで書類書いて、前金半額入れてね」
「半額かぁ…」
ヒメマルは懐を押さえた。ほとんど文無しになってしまう。
「仕方ないでしょ。こ~んなわけのわかんないモン?注文するだけで取りに来られなかったら?誰が買うっての。大損しちゃう」
「そうだよね~」
ヒメマルは、ふぅっと息を吐いて懐から金貨の入った袋を取り出した。

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