151.石鹸

バンパイアロードの宝箱(悪の鎧が入っていた)を無事に開けた後、地上に戻ったトキオは、ダブルと交代して宿へ向かった。

フロントで見た時間は、午後10時前だった。
トキオは、自分の部屋に戻る前にティーカップの部屋のドアをノックした。

「…なんだ、君か」
少し眠そうな顔をしたティーカップは、左手で髪をとかし、右手でズボンを引っ張り上げながら出てきた。
朝方渡したトキオのシャツとカーゴ風のパンツを着たままだ。
「悪ぃ、寝てたか?」
「…ああ…ちょっと、うとうとしてた。何か用か?」
ティーカップは、ベルト通しの部分から手を離さない。
寝る為にベルトを抜いてしまったらしい。掴んでいないと下までずり落ちるのだろう。
「調子、どうだ?」
「すっかりいい」
言いながらティーカップは、薄汚れているトキオの装備をじろじろと観察した。
「今まで潜ってたのか?」
「うん、ベルと同じパーティにちょっとだけ入れてもらってよ」
「…ふぅん」
ティーカップは、うさんくさいものを見るような目をした。

「それ、やっぱちょっとでかいな」
トキオは、ティーカップのシャツを指した。
「丈は短いのにな」
ティーカップは、手首より少し上で余っている袖ぐりをひらひらさせた。
「洗って、明日返す」
「え、い いや。いいよ」
慌てるトキオを見て、ティーカップは眉をひそめた。
「僕の匂いがついた服で、何をするつもりだ」
「おっ…何もしねえよ、何言ってんだよ、違うよ」
思ってもみなかったことを指摘されて、トキオは頬を赤くした。

「おまえ、前にも俺の服洗ってくれたろ?」
「そうだったかな」
「あれ、何で洗った?」
「バスルームにあった石鹸だ」
-やっぱりそうか。
「あの石鹸で洗うと、生地がゴワゴワになんだよ」
「ふぅん」
「…」
トキオは、頬をカリカリと掻いた。
「…とりあえず、あの…ゴワゴワはちょっと困るからよ。嬉しいけど、慣れねえことしてくれなくていいから」
トキオの言葉を聞いて、ティーカップは憮然とした顔つきになった。
-言わねえ方が良かったかな。
トキオが少し後悔していると、ティーカップは軽く首を振った。
「なんにしても、このまま寝てたし、汗もかいてる。そういう匂いのついた服を人に渡したくない」
「お前の匂いならどんなんでも平気だよ」
言ってから、トキオは思わず自分の口を押さえた。

ティーカップはしばらく考えているようだったが、肩で息をつくと、両手でベルト通しを掴んだ。
「この服、僕にくれ」
「え」
「僕に売ってくれ」
急な申し出に、トキオは目をしばたかせた。
「だってお前、サイズも違うし…」
「ルーズで楽だ。室内着にする」
「そんなら、もうちょっとウエストの合うやつ買ってやるよ」
「これをくれと言ってるんだ」
睨むように言われて、トキオは少し肩をすくめた。
「…そりゃ…、いいけどよ」
「いくらだ?」
「いいよ、結構着こんでるし」
「そうか」
頷いてから、ティーカップは大きなあくびをした。

「そんじゃ俺、部屋に戻るわ。起こして悪かったな」
トキオはザックを肩にかけなおした。
「-あ、服。石鹸で洗うなよ」
「何で洗えばいいんだ」
「洗濯用の洗剤、フロントで売ってたはずだ」
「そうか」
ティーカップは、瞼で頷いた。
「じゃ、…おやすみ」
トキオは軽く手をあげた。
「おやすみ」
応えたティーカップのささやかな笑顔に満足して、トキオは部屋に戻った。

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