150.予習
グラス率いるパーティは次々とドアを開け、現れたモンスターを的確な対応で倒していった。焦りや不安とは縁遠いその手際に、トキオはただただ驚嘆するばかりだ。
しかしそんな彼等ですら、宝箱の罠がテレポーターだとわかると諦める。
死を恐れていない、というわけではないらしい。
「…あれ?」
何度目かの通路への転送装置を経た後、しばらく歩いてから、トキオはふと声を出した。
「何?」
横からブルーベルが訊く。
「この通路って、来たことねえような…」
「ああ。俺達のパーティは、この通路に入るより前に地上に戻ってるからね」
「じゃ…この通路の先、ワードナの部屋じゃねえのか?」
「そうだよ」
ブルーベルが事も無げに言う。
「え!?そんじゃ今からワードナと戦うのか!?」
全く心の準備の出来ていなかったトキオが慌てていると、グラスが後ろを向いて笑った。
「大丈夫だ。見てみろ」
グラスが指している行き止まりの扉には-
「不在ぃ?」
トキオの声は裏返った。
玄室の扉に、わざわざ「ワードナ不在」のメッセージと、在室時間が書かれたボードがぶらさがっているのだ。
「なんだこりゃあ…」
気の抜けた声を出すトキオに向かって、
「在室時間なんてもんが書かれてるが、親衛隊の階級章を持った奴がパーティに1人でもいれば、いつでも不在なんだ。おかしな話だろう」
グラスは真剣な顔で言った。
「だから、親衛隊の連中はトレボーとワードナの関係に疑問を持ってるんだ」
スリィピーが横から補足する。
「そうか…。じゃ、この扉開けて出てくんのは、他の部屋と同じようなモンスターなのか?」
グラスは首を振った。
「いや、とびきりの奴がいる。大丈夫だと思うが、触られるなよ」
「?」
トキオが言葉の意味を理解する前に、扉が開けられた。
目の前にいるものが何かわかる前に、全身に鳥肌が立った。
闇の中から、徐々にその姿が浮かびあがってくる。
燃える宝石のような赤い眼、死人のような青い肌-
足の先から、震えが一気に駆け上がってきた。
グロテスクなわけではない、むしろ端麗なまでの姿なのに、
見ているだけで、身体の芯から体温が奪われていくようだ。
-なんでこんなに寒いんだ。
トキオは指を動かそうとした。
こわばって、まるで動かない。
前衛の連中も、一歩も動こうとしない。
-なんだ、みんな何かやられたのか!?
その時、深みのある強い声と共にロイドの右腕が上がり、
トキオを脅かしていた青白い影は、音も立てずに霧散した。
*
「あれは、バンパイアロードだ」そこに何がいて、何が起こったのか全くわかっていないトキオに、グラスが説明した。
「そのへんにいるバンパイアとは格が違う。触れられるだけで強烈なドレインを受けるし、麻痺させられる。真っ当に戦えばひどい目に合うからな。ジルワンでサヨナラだ」
「ジルワン?」
聞き慣れない呪文の名前に、トキオは首を傾げた。
「アンデッドを一撃で倒す魔術師呪文だよ。さっきロイドが唱えたやつ」
ベルがそう言って、ロイドを見た。
「ワードナと戦う時は、今の奴と数体のバンパイアも一緒に相手にすることになる。慣れておくことだな」
グラスが笑う。
軽く笑い返したものの、トキオの心臓は未だに激しい動悸を刻んでいる。
「さ、罠の解除を頼む。あいつは、いいもん出してくれるんだ」
グラスに促されて、宝箱の前に立ったが-
「あと5分待ってくれ」