149.スピード
迷宮の入り口に行く前から、前衛3:後衛3の隊列状態で歩いていると、前衛のスリィピーが振り向いて、一度トキオを見てからベルに声をかけた。「彼が例の?」
「そうだよ」
スリィピーは改めてトキオを見て、溜息と共に首を振り、前を向きなおした。
「…何だよ?」
トキオは、隣のベルに訊いた。
ブルーベルは息のかかる距離までトキオの耳に口を近づけて、囁いた。
「スリィピーはティーに気があるんだ」
「マジかよ」
トキオも小声で返す。
「だから、ティーには相愛の恋人がいて、他の男には全く興味がないって言っておいた」
「そうか」
トキオは少しほっとした。
正直言って、ライバルは少ない方がいい。
「それで、スリィピーのさっきの反応は、なんだ?」
「ティーの恋人はトキオだって言ってあるからさ」
「っ」
トキオは声を出しかけて、自分の口を押さえた。
「なんでそんな嘘!」
小声で強く言うと、
「嘘じゃなくなるように頑張れば?」
ブルーベルは涼しい顔で答える。
「そんな簡単なもんじゃ…」
反論している途中で、迷宮入り口に着いた。
パーティは1階からマロールで9階に飛び、シュートで10階に降りた。
前衛の3人は、普通の道を歩くかのようにどんどん進んでいく。
警戒しながらゆっくりと進むトキオ達のパーティとは、移動スピードが段違いだ。
横を見ると、ブルーベルの腕にビオラが腕をからめてニコニコしている。
「えらく好かれてるな」
「まあね」
トキオは、ブルーベルごしにビオラをちらりと見た。
目が合うと、ビオラはプイッと顔ごと視線をそらした。
あんたなんかに興味はない、ということらしい。
「行くぞ」
最初の部屋のドアに手をかけながら、グラスが言った。
頷く前に扉が開けられる。
自分達のパーティでは、声をかけあって心の準備をしてからゆっくり開くのが習慣になっていたので、トキオは少し慌てた。
現れたのは3匹のポイズンジャイアントで、ビオラが唱えたマカニトですぐに全滅した。
「頼む」
グラスが宝箱を指差して、くいっと首を傾けた。
トキオは宝箱の前にしゃがみこんで、仕掛けを調べ始めた。
後ろでスリィピーがカルフォを唱える。
「毒針と出たが」
「…みてえだな」
カルフォの結果と見立てが同じだったことで、プレッシャーが減った。
それに毒針なら、失敗しても大事には至らない。
トキオは深呼吸をした。
-だからって、いきなり失敗するわけにゃいかねえ。
トキオは気を引き締めなおして、罠の解除にかかった。
鍵穴を塞ぎ、フタと箱の隙間から薄手の金具を挿入して、罠のトリガーになっているワイヤーを切断する。
「…っし」
手応えがあった。
すべての方向から隙間を探り、今切断したものがダミーでないのを確認してから工具で鍵をはずし、トキオはフタに手をかけた。
はたして-無事に開いた宝箱からは、指輪と金貨が出てきた。
「金貨は持っていてくれ、後で配分する。指輪はベルに」
グラスに言われて、トキオは金貨を自分の袋に、指輪をブルーベルに渡した。
ブルーベルは指輪をフッと吹いて埃を飛ばし、ウェスで磨きながら識別をはじめた。
「…窒息の指輪だ」
ブルーベルが出した結果を受けて、
「トキオが持て。使うとマカニトと同じ効果がある。ファイアージャイアント以外の巨人が出たら、必ず使ってくれ。マカニトとかぶっても構わない」
グラスが指示を出す。
「っす、了解」
トキオはブルーベルから指輪を受け取った。
前衛は、もう歩きはじめている。