145.自覚

「あれ」
「あ、よう」
トキオとブルーベルは、訓練所の玄関ホールではちあわせた。
「本、借りに来たのか?」
トキオは、ブルーベルの抱えている分厚い本を見ながら言った。
「うん。リーダーはなんで」
「罠の解除、復習しようと思ってよ」
照れくさそうに笑うトキオに、
「へえ」
ブルーベルは笑顔を返した。

「ヒメマルと出かけるんじゃなかったのか?」
「いや、出かけたのは彼だけだよ。ほら、イチジョウがムラマサの件で行った工房があったろ。あそこに行ってるんだ。一緒に行きたかったけど、俺は夜のパーティの方があるから」
2人は訓練所前の緩やかな段差を降りると、ギルガメッシュに向って歩き始めた。
「2パーティ掛け持ちって、大変じゃないか?」
「まあ、ちょっとね」
「…そんだけ急いで経験積んでんのは、やっぱ早いとこ呪文全部使いたいからか」
「…いや…まあ、そう。かな」
ブルーベルは難しい顔をして、頭を振った。

「早く、蘇生呪文…カドルト使えるようになりたいんだ」
「カドルトを??なんでまた」
「…ヒメマルがさ。寺院の世話になりたくないって言うんだ」
「え、なんで?」
「なんていうか…簡単に言えば、宗教上の理由。かな」
「…なんか、変わったもん信仰してんのか?」
僧侶に転職した時に勉強したものの、その方面に疎いトキオは首を捻った。
「そんなとこだな。だから、ヒメマルに何かあったら俺が蘇生するって約束になってるんだ」
「そんで、カドルトか…。でも、寺院の方が安心なのにな」
「うん。俺も本当なら寺院で蘇生させたいよ」
「責任重大だもんな」
トキオは険しい顔になる。自分のカドルトが失敗して、相手が灰になったら、ロストしたら…想像するだけでぞっとする。
「そうなんだよ。いっそのこと潜るのやめて欲しいぐらいなんだけどさ、聞いてくれなくて…困る」
ブルーベルは大きな溜息をついた。

「…で、ティーの調子は、どう?」
「あ、おう。大丈夫だ。今は宿でじっとしてるはずだ」
「そう」
ブルーベルが両手で抱えている本を持ち直そうとしたので、トキオは巨大な辞典のような本を上から二冊取り上げた。
「ありがと」
「カート借りて引っ張って行った方がいいんじゃねえか」
「次からそうするよ」
ブルーベルは両肩を上げると、軽く首を回した。
「こんな本、読もうと思うこと自体がすげえよな」
トキオは手にした本の表紙を見てみたが、タイトルすら読めないので、さっさと小脇に抱えた。

「盗賊雇ってくれるベテランパーティって、あっかなあ」
質問されたブルーベルは、やや驚いた顔でトキオ見上げた。
「あんたも、掛け持ちするのか?」
「うん。出来るだけ、今のうちに経験積んでおきてえと思ってさ。盗賊の短刀がありゃ、そのままの状態で転職出来るんだろ?」
「ああ…なるほどね。でも、なんで今になって?」
「…んー」
トキオは下唇を噛むように舐めると、頭を掻いた。
「告るまでに、出来るとこまで男っぷりあげるって決めたんでよ」
ブルーベルは、今までよりずっと意思の強さが見て取れるトキオの横顔を、じっと観察してから口を開いた。
「…なんか、あった?」
「んっ、え?」
笑いを浮かべて上目づかいにこちらを見つめる視線は、トキオの頭の中まで見透かしているようだ。

「いや、なんかあったっつうか…あったったらあったんだけど…それはきっかけってえか」
ブルーベルは続きをうながすように首を傾けた。
「とりあえず、自覚は、した」
ブルーベルの表情が、疑問を含む。
「っと…その…好きの度合い、っての?」
ブルーベルの目は、まだ続きを待っている。
「だからその、自分があいつのことをどんだけ好きか、みたいなのがわかったっていうか、色々…勘弁してくれよ」
トキオは自分の言葉に赤面しながら、空いている掌でブルーベルの視線を遮った。
ブルーベルは声を出して笑うと、トキオから視線を外してやった。
「盗賊探してるパーティがあるかどうか、夜のパーティに聞いてみるよ」

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