141.雨

「変わんねえなあ…」
雨への備えのない2人は小降りになるのを待っていたのだが、勢いは一向に収まらない。
「もう、ダーッと、宿まで突っ走るか?」
2人きりの時間を楽しみたいのはやまやまなのだが、待てば待つほど天候は悪くなりそうだ。
時折窓の外が白く光って、客の視線を集めている。

ティーカップは、横目でちらりと窓を見た。
定まらない風に煽られた大粒の雨が、ガラスを激しく叩いている。
「…服が濡れるのは嫌だ。弱くなるまで待つ」
言いながら、もうほとんど残っていないワイングラスに口をつける。
「っても、もう1時間近くこの調子だぜ、変わんねえよ」
「そんなに帰りたいなら、君1人で帰りたまえ」
「…~、」
トキオは唇を小さく尖らせた。どうせなら2人で戻りたい。

―雨避けになるようなもん、持ってねえしなぁ、…、
考えてみて、
「あ」
トキオは家を出る時に、ザックの底に多少耐水性のあるシートを詰め込んだことを思い出した。
迷宮でキャンプを張る時に使えると思ったのだ。
結局キャンプの度にいちいち取り出すのは面倒な上、必要性もなく、使ったことはなかったのだが―

ザックを探ると、シートは折りたたまれたまま底に張り付いていた。
取り出して、広げてみる。
2人の身を包むのに、充分な大きさだ。
「これ、使おうぜ」
トキオは広げたシートを一旦四つ折りに大きく畳みながら、ティーカップに差し出した。
「布か?」
「耐水性のあるやつだ。油を染み込ませてあるとかなんとかで、普通の布よりずっとマシなはずだ」
「…ふぅん」
ティーカップが不信感を丸出しにした顔でシートを手に取った時、店内が少しざわついた。

「?」
見回すと、何人もがテーブルから立ち上がって、身支度を整えてはじめている。
何かあったのかと訊く前に、隣の席のドワーフが声をかけてきた。
「嵐になるんだとよ」
「マジで?」
「よく当たる占い師が、そう言ったんだと」
「サンキュ」
トキオはティーカップの方へ向き直った。
「…だってよ、やっぱ今のうちに戻ろうぜ」
「…」
ティーカップは心底嫌そうな顔をしていたが、深呼吸のような溜息をつくと、ザックを担いでマントのフロントをしっかり閉じた。


店の入り口では、帰ることにした連中が、空を見上げて口々に悪態をついては走り出している。
「結構きついな」
思ったより激しい雨脚に、トキオは肩をすくめた。
「早く行こう」
「おう」
2人は体を寄せてシートを被った。
「俺が掴んどく」
トキオが首の前で、シートの端を合わせる。
ティーカップが、シートの裾が割れないように下の方を押さえた。
これなら、少なくとも上半身はほとんど濡らさずに帰れそうだ。
「行くか」

2人が踏み出した瞬間に、空が激しく光った。

シートの中で、ティーカップが身を縮めたのがわかる。
「…お前、雷ダメなのか?」
トキオはからかい半分、心配半分で声をかけた。
「好きじゃないだけだ」
答えたティーカップの声は、苛立っている。
どうやら、本当に苦手らしい。
-…こいつ、帰りたくなかったの、雷のせいか?
思わず顔がにやけるのを堪えていると、腋を小突かれた。
「急ごう」
「おう」

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