140.酢豚
「晩飯、一緒に食わねえか」ビアスが店を出たのを確認すると、トキオは急いでティーカップに声をかけた。
イチジョウとヒメマルが宿に戻った後、1人店に残ってタイミングを計っていたのである。
かなりの緊張があったのだが、
「ああ」
ティーカップはあっさりと頷いた。
トキオは今まで自分から行動を起こさなかったことを後悔しながら、ティーカップの正面に座った。
*
「ビアスといっつも何話してんだ?」トキオは七面鳥に齧りつきながら訊いた。
「聞いてどうするんだ」
ティーカップはほどよいサイズに小分けしたステーキの一片をゆっくり口に運んでいる。
「…、ほうおひ」
「飲み込んでから喋りたまえ」
言われて、トキオは右頬を膨らませている大き目の肉と格闘をはじめた。
その様をしばらく見学していたティーカップは、軽い溜息をつくと口を開いた。
「会わない間にあったことや、その日あったことなんかを話してるだけだ」
「…」
トキオは、肉をビールで流し込んだ。
「やっぱその…つもる話のネタってのは、なかなか尽きねえよな?長えこと会ってなかったみてえだし」
「そうだな」
ティーカップは手元のサラダをつついている。
「…、でもよ…」
トキオはおずおずと切り出した。
「お前があいつと一緒に故郷に帰るんなら、話す時間はたっぷりあるだろ。今、あわててそんなに話さなくってもいいんじゃねえかなあ、とか…思うんだけど、な」
言い終わったトキオは、タマネギごと酢豚をぷすりと突き刺した。
「…なんの話だ?」
ティーカップは手を止めて、怪訝な顔をした。
「一緒に帰るんだろ?ビアスが言ってた…」
そこまで言って、トキオは自分の言葉に顔をしかめた。
前にも、こんなシチュエーションで会話が終わってしまったのを思い出したのだ。
「聞いてないぞ」
ティーカップは小さく首を傾けた。
「そんじゃ、これから言うつもりなんじゃねえの」
トキオは話の軌道を変えるために、軽く返した。
「…ふ…ん」
ティーカップは口元に片手をあてて考え込んでいたが、テーブルに視線を落とすと、
「そのたっぷりしたソースの料理、よく頼んでるな。美味いのか?」
トキオの酢豚を指差した。
「おうっ、うまいぞ。食ってみろよ」
トキオが皿をわたそうとすると、ティーカップは手を出さずに口を開けた。
「お…」
トキオは絶句して赤面すると、目を泳がせた。
「…いいけどよ…、」
嬉しさ混じりの声でぼやくように呟くと、ピーマン、人参、タマネギ、肉をとすとすと串刺しにして、ティーカップの口に運んだ。
ぱっくりとフォークに噛み付いたティーカップは、ゆっくり酢豚を味わい、飲み込むと同時に頷いた。
「うん。美味いな。ビールが合いそうだ」
「っ、だろ?」
緩んだ顔でフォークを眺めていたトキオは、慌ててそばにあった唐揚げを突き刺した。
「全部もらっていいか?」
ティーカップは、酢豚の皿を手元へ引き寄せながら言った。
「…お前、…」
「ん?」
「…いや、いい」
-食っていいんだけどよ、返事聞く前に皿持って行くなよ。
と言おうかと思ったのだが、嬉々として肉をほおばっているティーカップを見るとどうでも良くなった。
「あ~あ」
不意に、隣のテーブルから大きな声があがった。
見ると2、3人が、立ち上がって窓の外を伺っている。
「降ってきやがったぁ」
「こりゃあすげえわ」
首を伸ばすようにしてみたが、トキオには暗い窓の外はよく見えない。
「まっじいなあ、俺、雨具とか持ってねえんだけど…」
言いながら振り返ると、今まさに自分のビールが飲み干されている所だった。