138.会話
ティーカップの後姿が、会話の聞こえない距離まで離れたのを見計らうと、「さっき、ティーが言うてたことやけどさ」
クロックハンドがやや小声で、トキオに話しかけた。
「さっきの？」
「俺が罠はずし役になってもええでって言うたら、ティーが困るっちゅうた、あれ」
「あっ、うん」
「なんでかなって考えてたんやけど…ティーはパーティ解散した後、故郷に帰る時にトキオ連れて行くつもりなんと違うかなぁ」
「え！？なんでだよ？」
トキオは声を裏返らせた。
「やっぱり？俺もそう思ったよ」
ヒメマルが同意する。
「え、え、だから、なんでだ？」
トキオは困り顔で、クロックハンドとヒメマルを交互に見た。
「だって、旅するのに解錠出来る人がいると便利じゃない」
「せや。旅やら探索やらの途中で出くわす宝箱とか、扉の罠とか、解除出来ると出来んじゃ大違いやからな。一緒に行動するトキオにはちゃんと腕磨いておいて欲しいっちゅうわけよ」
「…い いやー、そりゃあちょっと、いい方にもっていきすぎじゃねえか？」
言いながらも、単純なトキオの頬は緩んでいる。
「ちゅうてもまあ、３人旅かも知れへんけどな」
クロックハンドの容赦ない言葉に、トキオの頬が固まる。
ティーカップとビアスに解錠係として連れ回されて、こき使われる自分の姿を想像して、トキオは頭を抱えた。
とその時、
「ごめん。そこの」
前方から声がした。
「そこの…」
トキオとクロックハンドの正面、イチジョウの斜め後ろ―に立っていたのは、ササハラだ。
彼は顎に手をあて、しばらく何か考えこんでいたが、クロックハンドに向かって五本の指先を流すと慇懃に言った。
「くらげあたま殿」
「丁寧なんか馬鹿にしとんかどっちじゃい！！」
ツッコミと同時に出されたクロックハンドの手を、ササハラは握った。
「失礼した。つい名前をど忘れしたもので」
「まあくらげ頭て言いたくなるのはわかるわ。クロックハンドや」
「クロック殿、ミカヅキのことで少々話がしたいのだが、宜しいか」
「あ～、ええよ。移動しよか？」
ササハラが頷いたので、クロックハンドは荷物をまとめ、２人は別のテーブルへ移っていった。
と同時に、大時計に目をやったベルも、
「そろそろ夜の方に行くよ」
席を立った。
「ササハラとミカヅキって、友達なの？」
ベルに手を振っていたヒメマルが、振り向いてイチジョウに訊いた。
「ええ、なかなかうまが合うみたいですね」
「そういや昨晩、ササハラがミカヅキおぶって帰ってたな」
トキオが言うと、
「そのまま私達の部屋に泊まっていきましたよ」
イチジョウは、笑顔で答えた。
「友達って言っても、仲がいいと心配になったりしない？」
ヒメマルがイチジョウに尋ねる。
「彼は友情と愛情を混同することはありませんからね」
「言い切れるのがすげえなぁ。俺なんかそういうの紙一重のような気がして、すげえ心配だよ。ほんとに何でもなくても妬いちまう方だし」
自分自身、友人から発展して相手を好きになることの多いトキオには、恋人の友達ほど心配な相手はいない。
「まあ、彼の場合ファ… あの、好みがね。友人タイプとは違うようですから。私だって、相手によっては心配しますよ」
「そっかあ。俺の場合は、俺よりベルにぴったりの相手はいないと思うから、あんまりそういう心配はしないんだけどね～」
相変わらず余裕のあるヒメマルの答えに、トキオはまた感心する。
「キャドとかだいぶ遊び慣れてそうだけど、心配じゃねえの？」
「ん～、ふふ。悪いけど、相手にならないね」
「…すげえなぁ…」
溜息まじりに言って、トキオは頬杖をついた。
「…ひとつ、トキオ君にアドバイスをするなら」
トキオの渋い表情を眺めていたイチジョウは、静かに呟いた。
「ティーとはもっと会話した方がいいですね」
「…」
口を開いたトキオは、その後すぐに続きそうになった「でも」を飲み込んだ。
最近、ティーカップはいつもビアスと話している。十年ぶりの再会なら、話すことも多いだろう。それを邪魔するのは悪いし、嫌がられそう－などと思ったのだ。
落ち着いて考えてみれば、２人は四六時中一緒というわけでもないのだから、ティーカップが一人の時に話をする機会を探せばいいだけだ。
何より、イチジョウのこのアドバイスは、ティーカップと話していた内容に基づいているのかも知れない。そう考えて、トキオは深く頷いた。
「うん」