137.予定
解錠をクロックハンドに任せるとティーカップが困る、というのがまるで繋がらなかったので、「なんでお前が困るんだよ」
トキオは率直な疑問を口にした。
ティーカップはあからさまに不愉快さを顔にあらわすと、呆れ果てたように鼻で溜息をついて、
「少しは自分で考えてみたまえ」
と言い捨てて、そっぽを向いた。
「? ??」
トキオは眉間に皺を寄せて、大きく首を捻った。
横にいるクロックハンドも、一緒になってアヒル顔で思案している。
「そういえば―」
イチジョウが、不意に切り出した。
「皆さん、パーティを解散した後の予定は決まってるんですか?」
「俺は、今んとこ、特になし…だな」
考えるの一旦をやめて、トキオが答えた。
「僕は一度、郷里に戻るつもりだ」
ティーカップの言葉に、鑑定を終えたアイテムを弄っていたブルーベルが顔をあげた。氷が溶けて二層になったオレンジジュースを手元に引き寄せ、かき混ぜる。
「俺は~、まだなんとも言えんわ」
クロックハンドが頬杖をついて言った。ダブルとミカヅキのどちらを取るかで、予定が変わってくるのだろう。
「あのね、俺は旅に出ちゃおうと思ってるよ」
ヒメマルが笑顔で言う。
「どこ行くん?」
「行き先は決めないで、あてなく放浪しちゃうの。ま、あえて言うなら、自分探しの旅…っていうやつかなぁ」
演技がかったその台詞にブルーベルが吹き出しかけて、慌ててグラスから口を離した。
「気取りすぎ?気取りすぎ?」
「馬鹿、面白いよ」
ブルーベルはヒメマルの脇腹を肘で小突いた。
トキオには、今の話が吹き出すほどのものだとは思えなかったのだが、
-うまく付き合ってりゃ、なんでも楽しいんだろうな~
素直に羨ましくなった。この調子なら、ベルがヒメマルの「旅」につきあうのは、間違いなさそうだ。
トキオと同じ感想を持ったらしいクロッハンドクは、笑いあう2人をしばらくアヒル顔で眺めて、
「イチジョウは?」
話題の提供主に、質問を振りかえした。
「私は、ササハラ君と一緒に東の方へ行こうと思ってます」
「なんや、みんなあっちゃこっちゃ行くんやなあ」
クロックハンドの呟きに、
「あ」
トキオが思い出したように声をあげた。
「なあ、少なくとも、ティーカップと、ヒメと、ベルと、イチジョウは、この街出るつもりだってことだよな」
「そういうことですね」
イチジョウが頷く。トキオは他のメンバーの顔をぐるりと見回して続けた。
「つまりそれは、親衛隊に入る気はないってことだよな?」
「そうだね~。キャドさん達の言ってたこともあるし」
「親衛隊になったら簡単に国から出してもらえそうにないしな」
ヒメマルとブルーベルが答える。
「俺も、これから先どうするにせよ、親衛隊に入る気はもうないなあ」
クロックハンドも言う。
「じゃあ、ワードナ倒すのは…なし、ってことに、なんのかな?」
言ったトキオ自身を含めて、全員が考えこんでしまった。
以前保留したテーマだが、エリートクラスも増え、ワードナの居室があるフロアでの探索が可能になった今となっては、結論を出さなければならない。
「親衛隊に入る条件は、"ワードナを倒すこと"じゃなく、"ワードナの持つ魔除けを取り返して王に献上すること"、じゃなかったか?」
ティーカップが、口を開いた。
「…あ…そうだな」
お触れの文章を思い出しながら、トキオが頷く。
「なら、ワードナを倒すだけ倒しておいて、その"魔除け"を献上しなければいいんじゃないか」
「隠し持っておくんですか?」
イチジョウが言うと、ヒメマルが難しい顔をした。
「でも、強力な魔除けなんでしょ。持ってたらすぐばれそうじゃない?」
「地下に捨てちまうとか」
トキオが大雑把な提案をすると、クロックハンドが唸った。
「どんな奴が拾うかわからへんで。危なぁない?」
「他人に押し付ける」
ブルーベルがぼそりと言った。
「あ、いいですね、それ」
イチジョウが賛同する。
「親衛隊に入りたい人ってやっぱり多いみたいだしね」
ヒメマルの頭には、アインのことが浮かんでいる。トキオは手を打って、まとめた。
「じゃあ、実際に戦うかどうかはまたその時に改めて決めるとして、戦って、魔除けが手に入った場合はそうする、か」
「決まりだ」
ティーカップはそう言うと、荷物を持って立ち上がった。
視線の先を追うと、ビアスが軽く手をあげている。
トキオは、痛めてしまったティーカップのマントを見送りながら、小さく溜息をついた。