134.信用
2人で馬小屋に、というわけにもいかなかったので、ダブルがエコノミーに部屋を取った。「ふーい」
髪がほとんど乾いたことを手櫛でバラバラと確認すると、クロックハンドはベッドにすべりこむ。
「長いと乾きが悪いで、かなわんわ」
「また短くするか?」
先に横になっていたダブルが、提案する。
「カリアゲは楽やったからなあ」
クロックは大きく伸びをした。
「今更言うことじゃねえけど、外泊して大丈夫なのか?」
言いながらダブルは、無防備なクロックハンドの腰に腕を伸ばす。
「どこに泊まろうと俺の自由や」
クロックハンドは腕の動きに合わせて、ダブルの方へ体を向けると、
「ダブル、結構さびしんぼうやろ」
目が合った途端にそう言った。
ダブルは一瞬、驚きと抗議を顔全体に表したが、
「…、だなぁ」
すぐに相好を崩した。
「言われてみりゃあ、確かにそうだ。なんでそう思った?」
「触りたがりは大体さびしんぼうやがな。俺もひとり寝嫌いやしな」
クロックハンドは横からダブルの体をにじり登って、覆い被さった。
「おうおう、あんまり刺激しないでくれよ」
ダブルは体の上でカエルのようにひしゃげているクロックハンドのうなじを、掌でなぞった。
「なんや、やらへんのかいな」
「結局それが目的かって思われちゃあ、かなわねえからな」
「えっ、ほな、ほんまに俺のこと本気やったんかいな」
クロックハンドはおどけるような声を出した。
「おぉ!?本気だと思ってなかったのか?」
「いやあ、半々やったねえ」
ダブルは、かぁーっと声をあげて、自分の額に手をやった。
「俺はずっと本気で口説いてんのによ~」
「しゃあないがな。信用されたかったら、せめて、ええ男見たら触りに行くんやめなあかんわ」
クロックハンドはケタケタ笑うと、胸から頭を上げて、ダブルの顎に鼻先を近づけた。
「ごっつい傷やな」
普段バンダナで覆われているダブルの顔の左半分には、浅い筋、深い筋が何本も這っている。
「派手だろ」
「痛かった?」
尋ねるクロックハンドの声は、柔らかく静かだ。
「かなりな」
「…なんでケガしたんか、訊いてええかなぁ」
「おう、別に大層なエピソードじゃねえぞ」
ダブルは軽く笑った。
「ガキの時分住んでた村が、でかい狼の群れに襲われてよ。逃げようとしてすっころんだら、踏まれて引っ掻きまわされてな。そんだけだ」
「うーわわわ、めっさ痛そうや、ケツの穴ムズムズするわ」
クロックハンドの情けない声を聞いて、ダブルはカラカラと笑った。
「痛さはなぁ。そん時より、落ち着いてからの方が強烈だったぁな。でも、生きてただけでもめっけもんだったのよ。村の連中はほとんど死んじまったからな」
「…」
クロックハンドは無言で、ダブルを見つめた。
「なんだ?」
「今のダブル見とったら、昔そないな目にあったと思えんわ」
「お~?信用できねえってか?」
口を少し尖らせてから、
「ま、いいけどよ」
ダブルは笑ってそう言った。
「そやなくて」
クロックハンドは体を起こした。
「そういう風に見えへんのは、大したもんやっちゅうてんねん」
「もう15年も前の話だぜ」
「何年たっても不幸ひきずっとる奴はおるがな」
「そりゃ、性格の問題だろうよ。単に、俺がひきずらねえ性格に生まれついたってだけだぁな」
笑うダブルを見つめていたクロックハンドは、
「…あかんわ」
そう言って大きな溜息をついた。
「何がだ?」
「あんた、ちぃと出来すぎとるよ。信用されんで当たり前や」
「そう言…」
ダブルの反論は、クロックハンドの唇に塞がれた。